Laboの男36
Labの男36
行き交う人が交差する空港に
独り距離がある茶色スーツの男
紺色スーツのナナシは振り向きざまに
やさしさを添える。
「それじゃ〜行くよ。面が割れると厄介だから!
くれぐれも関わらずに深入りはダメだからね。
あくまで尾行なんだから
忘れるちゃ〜ダメだよ!」
再び駆け寄って
腕をナナシの肩にまわす橘
「ありがとう。必ず飲みにいこう!」
ナナシと熱く握手を交わし
断ち切るように振り向き
対象の小比類巻を追いかける。
機体をゆっくりと大きく切り替えして
ようやく動き出した飛行機は東北方面へ
しばらくすると窓からは日本海が見える。
束の間のフライト
コーヒーを頼むもひと口も手をつけない橘。
気がきじゃない橘にしてみれば
あっという間
機体から繰り出されるタイヤの着地
メインデッキがしばらくの揺れ
シートベルトサインのライトが消えて ポーン
乗客は慌ただしく出ていく。
目立たないよう最後に席を立ち再び追跡
それっぽい知っている知識
尾行の鉄則なんて知らない橘
今のところ
映画の感じで尾行しているが
バレてはいないみたいだ。
空港には黒塗りの車が待っており
一行が乗りこむ。ほどなくして時間差で
タクシーに乗りこみスマート手錠をチェック
さし示すのは有名温泉街方面へ。
情緒あふれる温泉街を通り抜け
少し外れのところで一行は運転手を残して下車、
すでに車に同乗していた1人増えて
小比類巻合わせて4人の歩みは
名所
三段絶頂壁方面へ
まだシーズンではないので
ヒト気は、あまりない。
尾行は続けてはいるものの、いつもの橘ではない。
なんとか抜け殻が一行を追いかけている。
当初の修行の一環から大きく逸脱した
尾行ミッション
横にナナシがいたから気が保てていたものの
やれやれ
こんなにも彼女に夢中だったのかと
自身でもどうかしていると分かるくらい
浮き足立ってる。
この先も冷静でいられるかどうか?
どおにもこうにも出来ずじまいの
気持ちの持っていきようが無い感情からか
タバコが恋しくて仕方がない。煙が呼んでいる。
この香りというのも厄介で
特にエイジェント関係者なら
すぐに悟られてしまう可能性が高い。
重々承知の上でもニコチンが手招きしている。
潮の香りが強くなってきた。
ザッパァ〜ン 少し曇り空の向こう側
うみねこ達が上空を旋回している。
波が絶壁に打ちつけては返し
何度も絶えず繰り返される ザァ〜ッパァ〜ン
日本海の荒々しさを音が物語っている。
岸壁に打ちつける波の勢いと、はぜる海水
泡となってはじけては舞って消えていく。
新たに加わったカンパニーは
大事そうにアタッシュケースを携えてる。
イワノフと小比類巻は会話している。
サイを握っているのは
どうやらイワノフで
小比類巻が製薬会社社員と繋がりがあり
その製薬会社との繋がりが
アタッシュケースの男。
いつになくイラ立っている橘
「見渡す限り逃げ場なしの
断崖絶壁まで来て何があるってんだ。
取引にこんなバカげた辺鄙な所
サスペンスドラマか映画だけだろう?」
思わずタバコを吸いそうになって
ライターを手にして
「Ohっ!いかんいかん」
監視を続ける。
「早いとこ取引を済ましてくれないかなぁ〜
小比類巻が独りになったところで
直接聞いてやるんだけどな」
見渡す限り遮るものが全く無く
ほぼ崖っぷちの岩場から隠れて監視をしている橘
いつでも足を滑らせれば死ねるポジションだ。
この距離の岩場からでも目を引く
一行から別方向から
黒ずくめの男が歩いて来る。
ふらふらと肌の青白い長身ロン毛の男が
イワノフの背後に現れた。
気がついたイワノフは
気さくに話しかけガッチリと握手
空いた手を重ねて力強く握りしめている。
小比類巻が不思議に微妙な顔をしているのが
この距離感でもわかる。
肩までの長髪で透けるような青白い肌
ヒョロ長い身体に黒スーツ黒シャツ黒ネクタイ
身長からして180cmはゆうに越しているだろう。
明らかに只者ではない。
誰が見ても絵に描いたような殺し屋だ。
いよいよ取引が始まりそうだ。
イワノフがトランクを開けるように促している。
その光景を小比類巻はイワノフの側で見ている。
トランクの中身はぎっしりの金塊。
ぶっ 吹き出す橘
「バカ野郎っ映画のまんまじゃ〜ねぇ〜か」
黒ずくめの男がイワノフに耳打ちをする。
この距離からでは流石に波が打ち返す音に
かき消されてしまう。
懐からイワノフは銃らしきものを手に
プスップスッ
2人の会社員めがけて容赦なく打つ。
が、銃声がしない。
はらりと気を失った男性2人は
重力に身を任せ脱力、地面に倒れこむ。
どうやらプラスチック製コンパクトな麻酔銃だ。
日本での製薬会社業界ではコロシは御法度だ。
まだ新米エージェント橘でも知っているルールだ。
そして、あくまでルールだということも
わきまえているつもりだ。
再び黒ずくめはイワノフに耳打ち。
イワノフは表情も変えず積み荷を運ぶように
軽々と男を持ち上げ1人、2人と
崖下へと掘り投げている。
下には受取人なんて居ない広がる大海原。
今までに見たこともない光景に
小比類巻の表情がみるみる
曇り出していくのが分かる。
ふわりとイワノフの背後に青白い長身の男
イワノフに耳打ち。
橘は周辺を見まわし石を手に
銃口を彼女に向けようと…
すでに石を大遠投している橘
もう走り出していた。
橘【明智】の能力
眼識【けんしき】常人よりも目がきくが
超絶の視力があっても投球コントロールは別
来栖の鍛え方も手伝ってか
やる時はヤル男 キメる男 橘【明智】
鋭く軌道が見えない石ころは見事
麻酔銃を握る手に命中!
銃を落としても関係なく
虚ろな目のイワノフは彼女を持ち上げている。
イワノフをぶっ飛ばすにもまだ
その距離ではない。
どおする橘! 加速する橘はそのまま
イワノフをスルー
崖に投げ込まれた小比類巻へダイブ。
意識がある小比類巻が伸ばした手を
just on time片手でキャッチ!
限界まで伸ばした腕は、小比類巻を離さない!
片手は崖の縁を握って
橘の身体が半分落ちそうになっている。
投げた後にはイワノフは呆然と突っ立っている。
頼りなく
プルプルと震える
か細い腕をそっちのけで橘
「よかったっ!まにあったよ」
涙が溢れているアン
「たちばなっ!なんでいるのよ!」
「はははっ 呼ばれた気がしたからね」
イワノフに再び耳打ちをした後、
黒ずくめの男はそのままふわりと後ずさっていく。
すると何事も無かったかのように
するりと金塊トランクに手を伸ばし
ガチャリと閉めて金塊カバンを回収
ふらりふらりと去っていく。
橘の背後に傀儡イワノフの足音が聞こえる。
いよいよ握力がなくなってきた橘
「両手でボクの手を握って!早くっ!」
小比類巻の目線が橘を超えてさらに上に
どうやらイワノフがすぐ側まで迫ってきている。
急にまっすぐ橘を見つめるアン
流れた涙は両頬をつたっている。
「ふぅ〜
もっと前に知り合っておきたかったな。
遠い顔してタバコを吸う横顔が
大好きだったわ……」
「ナニ言ってんだよっ!このタイミングで!」
「ありがとう………
あんなに真っ直ぐに愛してもらったのは
初めてよ。だから
橘はもっと素敵なヒトを見つけて
私のことは忘れて……」
すると握っていない手で
橘の手を振り解いて彼女は、
落ちていった。
橘の手には、
もう取り返しがきかない温もりと
もう通りすぎてしまった感触だけが
残っている。
橘の中の渇いたヘビが蠢き始めた。
ヘビ達が塊となってとぐろを巻いて
球体となりそこから
束になって襲いかかる。
背中を鷲掴みに抱え上げられ仰向け宙吊りの橘
不機嫌な唇
「いいか橘!掴むという動作は
小指 薬指 中指しか使わない!
親指と人差しを使うとムダに
腕に力が入ってしまう。
小指 薬指 中指は
背中の力を使うことができ
腕よりもより大きな力を背中は生み出す」
橘は投げられる前に手探りで
イワノフの二の腕、首の位置を確認
不機嫌な唇
「距離があると力が逃げてしまう。
隙間がないように密着しろよ!
小さく鋭く回転することを意識しろ!
密着して全体重をかけるだけだ」
イワノフがほり投げたと同時に上体を反転
太い首もと豪腕な左腕っぷし、二の腕を掴む。
同時にイワノフの脇の下へ左足を滑り込ませる。
そのままの勢いで首を足で絡めとる
しっかりとホールドしてから身体を捻る。
『変形式腕ひしぎ逆十字』
崖っぷちギリギリ見事に倒れるイワノフ。
地面に突っ伏した瞬間、ボキリッ嫌な音がした。
左手があらぬ方向を向いている。
それでも立ち上がってくる鉄の意志イワノフ
右手で掴みかかろうとするところを
はらりと後方へ交わし相手の斜め後ろ
その場で垂直ジャンプ
ジャンプの軌道上、最頂点で身体をひねり
片足をくりだすその足先は相手の後頭部へと
吸い込まれるように捻り込まれる。
イワノフの後頭部にイナズマが走る。
が、イワノフはフラフラとするがまだ倒れない!
「ダァッ シャ!」
着地姿勢から流れるように、ふたたび
ふわりとジャンプする橘
渇いた蛇が束となり脚へと集中
弓がしなり弦がギリギリと力を溜めこむように
さっきよりさらに高い打点から振り下ろされる
首を刈りとるような一閃
そう、コレが!
『延髄斬り』ダッ!
日本国外ではラウンドハウスキックと言われる。
対モハメド・アリ戦にて考案された必殺技!
公開スパーリングで目の当たりにした
アリはルール変更を強要した逸話がある。
相手の延髄を断ち切る振り下ろされた足刀
その様から技名が由来する。
大木がゆっくりと倒落するように
まっすぐと頭からぶっ倒れるイワノフ。
その姿をしかと確認して
膝のホコリを払い立ち上がる橘
周りを見渡しても黒ずくめの男は
どこにもいない。もちろんトランクも。
明智
「そのまま崖に突き落としてやろうと何度も
思ったけど何とか踏み止まれたのよ。
おそらく
イワノフは操られていただろうからね。
腹いせに左手1本くらい
バチ当たんないでしょ?」
ザァッパァ〜ン ザァッ〜パァ〜ン
スマート手錠が震える。
んっ?来栖さんからだ。
「ちょっとメイデンさん〜
泣く時間ぐらい待って下さいよ〜」
「おおぅ!無事か?よかったゼ。
橘の同僚から連絡があってな。
まさかロシアン二重スパイなんだってな。
イワノフは手強いぞっ」
「もう、ぶっ飛ばしましたよ。
今、足元で伸びてます。
小比類巻は、イワノフに殺されました。
同様に他製薬会社社員も2名
計3名が崖から転落死」
「それでメイデンさん
肌の蒼白い黒ずくめの男って
心当たりありますか?」
「それは、殺し屋か?」
「間違いなく能力者でしたよ。
耳元でささやいて
イワノフを操ってましたから」
「それは私も知らないタイプの奴だ〜な。
すぐに処理班を向かわすから
ちょっと待ってろ」
「メイデンさん直伝の柔術炸裂しましたよ。
おかげで命拾いしましたよ」
「そうかっ……
橘……………
お前今日はその辺の温泉に泊まってこい
私がおごってやるから………
30分もすりゃ〜処理班も着くだろうから
イワノフを拘束してどっかに縛っとけ」
「メイデンさん……オレっ
…………んっ 何でもないです」
「帰ってきたらみっちり
しごいてやるから、
今日はゆっくりしてこい。 じゃぁな」
スマート手錠タッチして通話をOFF
少し歩いて地面に落ちている麻酔銃を拾う。
のびているイワノフ目がけて プス プス
ひと仕事終えた顔で
タバコに火をつけ腰に手を当てる。
「なんだかんだ言っても
来栖さんは、あったかいな。
ナナシもいい奴だ。
あぶねっ涙が出てきそうだ」
崖っぷちに少し上向き加減で立ち尽くす橘
煙は空へとかたちを変えて流れてゆく
波は繰り返し断崖に打ちつけている。
ザァッパァ〜ザァッ〜パァ〜ン
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