Laboの男8
Labの男8
木製のトビラは横開きの引き戸で
使用されていない場合は空いている。
中に入るとやはり誰もいない。
埋め尽くされるように横に連なった机
近づいてみると
目線の先の机にボールペンが転がっている。
誰もいない教室
いかにもカレッジ風な
上下に使い分けれる黒板が4枚
壇上に少し偉そうな厚めの机が陣取り
その両サイドには校内放送兼、講義用の
無愛想なステレオボックス
机と椅子一体型が連なってゆるく半円を描き
段々畑になっている、学問のコロッセオ。
ざっと50人は1度に講義を受けれるほどの広さ。
これほど充実した施設でも
果敢に勉学と格闘している学生は少数派だろう。
この広大な空間にボールペンが1本だけ
最前列中央の机に転がっている。
どことなくモノ悲しげに見えてくる
ボールペンを拾いあげながら、ぽつり
「路頭に迷ったボールペン、シュールだな〜」
どこにでもあるボールペン。
仮に、この何の変哲もないボールペンに
何かプリントされると途端にスペシャルになる。
例えばアルファベットでハーバード大学と
プリントされたとしよう。
ただ印字されただけで
このボールペンの機能が向上するわけではない。
ロゴが一般的に認知度が高いモノになると
途端に印象が変わってしまう。
それこそ「まじない」と一緒で
何かが備わってしまう。
ハーバードのボールペンだから書き味がいい。
ハーバードの割にはいいボールペンではない。
良い方に傾くかは別で烙印が押される。
可愛いキャラクターとなると
途端に同じボールペンならカワイイ方をと、
手に取りやすくなっちゃったり。
機能は依然、変わっていない。
なのに他のよりも大事に扱われたりもする。
例えば
そのボールペンを手に入れるのに苦労をした
労力がかかったのなら
途端に手放すのが惜しくなったりもする。
経験または記憶の烙印
もちろん機能は全く以前と変わりなく。
このようにバックグラウンドが乗っかると
とてつもなく価値が変動する。
ただの金属の輪っかが
全知全能の名を借りて絶対的効果を放つ
婚約指輪になったりもする。
が、
ただのワッカが無くても生きてゆける。
不思議なことに効果は絶大で
女性には安心感となったり……
彼は私のものであるとアピールし
女性には境界線的警告につながる。
男性には社会に安心を与える効果があったり……
この人は結婚しているから「まとも」だろう。
何気ない行動が結婚しているからの
安定感に見えてモテたり。
ゼクシィー帝国の繁栄の結果
無意識に刷り込まれた「結婚ってステキ!」
ってのも乗っかってる可能性もある。
ただただ、金属の輪っかは
既婚者であるという「証」なだけで
しあわせの手錠ではない。
話はそれたが、
印象、イメージの類いは、眼に見えないが
恐ろしくヒトを動かす。
あってないようなモノなのに
オートマチックに心に浸透してしまう。
ボールペンを指でコロコロ転がしながら
ウチの子になるか?
と心で呟いてポケットにしまう。
【これで手紙を書いて…】と頭によぎった瞬間
あぶないあぶない!
Deleteボタンを押す。
危うくハンドルを切り損ねる所だった。
大事故になる可能性さえある。
遡ること昨夜、電話があった。
「明日空いてるかい?そう、それじゃ〜
君の大学で、どこか空いてないかい?
そうだな〜昼ぐらいで、そうそう
あまりひと気が少ない場所?
そうかい、じゃ〜
万次郎が言ってる講義室で待ち合わせよう」
いまに至る。すると
コツコツと革靴の音が近づいて来る。
手をかざして颯爽と登場
「やぁ!間違えちゃって隣の講義室に
入っちゃったよ〜」
「あのさ〜っ他にも部屋あったろうけど
この部屋なにかあるの?
何となく気になってね」
自分でも言われなければ気が付かないくらい
よくこの講義室に来る機会は多かったけれど、
フラれた彼女と出会ったのもここだった……
無意識だった。困ったものだ。
何かが風に飛ばされて顔に
ぶつけられた気分だが
不思議と
明智小五郎には許せてしまう何かがある。
「明智さんに言われてハッとしました。
そう言えば、元カノと出会った場所ですね」
「あまり景気がいい話じゃないな〜
嫌なこと思い出させちゃったね。
わりいわりぃよくあるんだよ、そんなこと」
「友人に冗談で言った、
浮気相手だったりして⁈
発言がホントだったみたいで、凄まじい
戦場になっちゃった事があったんだよね」
「ヒリついた独特の間合いからの空気感に
凍りついたぜ〜ぇ」
「いやいやオレじゃないよ!
男友だちとそこに居た女の子2人で
たちまち三国志よ〜戦さ場、戦さ場よ〜」
たのしそうに苦笑いで
人差指でチャンバラ合戦のジェスチャー
「無意識に察知する事がよくあるんだよ」
「自分は意識してないんだけどね」
「ははははっ 本当に明智さんなら
そんなことありそうだな。
明智さんってライトだから
悪気がないのもよく分かります。
大丈夫ですよ」
ここ数日間であった
家に帰ると消印がない手紙があった事から
頭の中の1人喋りがうるさいくらいになった話
手紙が胸に刺さり過ぎて傷口にしみた話
本からの活字を文章以外の部分も読み取って
スポンジのように吸収ちゃう話
感情の波を過剰に感じるのに
観察する自分もいるフラットな感覚の話
ひと通り話したところで
明智は一旦、深く呼吸をした。
表情がキリッと推理探偵の顔になる。
「今日は次回の実験の話に来たんだけれど
これは、しっかり話さないと
いけないかもしれない」
「もちろん、効果は今も続いてるんだよね?」
万次郎の実験後のあまりの効果に興奮気味の
ときめきトゥナイトな明智。
「そのことは、他の誰にも話してないよね?」
人差し指を眉間に当てながら
「良かった」
しばらく右手で口元を覆い、流し目で考えている
少し興奮して高鳴る胸をなだめると同時に
「どこから話すか〜、参ったなぁ」
思わず声が漏れている。
チラリと万次郎の表情を見てみる明智。
万次郎の表情からは
不安色は見受けられない。
「まず、コレは話しても仕方が無いんだけれど
正直に話そうと思う。製薬会社から監視対象
となると言っただろう?
実際に万次郎はすでに監視されている」
「今私が言っている事はしっかりエグ味のある
製薬会社のダークサイド、現実の話だ」
「あまりピンとこない話かもしれないが
実験終わりの採血と注射の時点で、すでに
君の中にナノマシンが送り込まれている」
「その気になればどこにいても追跡可能だ」
「一般の人には知られていない技術がすでに
汎用化されている。それこそ万次郎が想像する
映画に出てくる様なシロモノの
更に斜め上をいく技術が導入使用されている。
想像のはるか10年先はいっているだろう」
「そのナノマシンは、実験結果がかんばしくない
場合はそのままに放置される。ひと月もすれば
体内で勝手に分解され排出されるだろう。
Labに来る限りは施設内で自動的に
遠隔で充電されて活動可能状態となる」
「わざわざコンセントに刺さなくてもね」
「これはまだ、かわいらしい方の技術力」
「ちなみにこの事実を知らされているのは
Lab関係者全員、注入されている。
勿論、この明智、玄白も含めて。
う〜んと警備員は、含まれてたかなぁ〜
外注されてたから注射はしてなかったっけか?
あぁ、それは今はどっちでもいいか」
「まだ万次郎のGPS機能は活動してない
この明智は絶えず監視されている。
機能としてはGPSの更に上をいく精度で。
生きているのかどうか
動揺しているのかどうかだとか
発汗、脈拍は勿論、自動的に
全てのデータは絶えずね。
ちょっとしたガンなんかは治っちゃうのよ。
キズもすぐに治しちゃう。
遠隔操作でナニかを体内で
注入する事も可能だ。
明智は言わば製薬会社の社員兼
大事な実験体なのよね。
万次郎に分かりやすく説明するのに
便宜上GPSって言ってるけどね」
「さて、改めて万次郎に聞かないと
いけないんだな。参ったな………」
「ニンゲンを辞める覚悟があるか?」
「この間も玄白と話してたんだよ。
珍しく彼も君のことを
気に入ってるみたいでさ。
まっすぐなキミに人生を謳歌してもらいたい
そしてヒトとして生きて、はぐくんで欲しいと
コレは明智、玄白の本音でもある」
「ここで提案なんだけど
われわれの関係性のことだ。
玄白にせよ私にせよ、
もう引き返せない所まで来てしまっている。
だから、なおさら
君のことが輝いて見える。憧れすらある」
「そこでだ。キミにはやりたいこともしくは
続けていることがあるかい?
今後も続けていきたいことさ」
「つづく事には何かがあって、そして
そこには本人も気にして生きていない部分
ヒトそのものの本質が詰まっている」
「それはキミの立ち帰れる場所にもなり得る
キミが思っている以上に重要なモノだ。
今後も大切にしたまえ」
「間違いなくここからは境界線となる。
もちろん一般的な被験者として
バイトを続けるのもアリだ。
勿論、その場合でも
この明智も玄白も友人のままだ。
それは保証するよ」
「もうひとつの選択としては
我々とパートナー関係になることだ。
コレは一般的な道からは
間違いなく外れることとなる。
友人である事は変わらないかもしれないが
いささか、
関係性も戦友寄りに変わってくるだろうし
大学生らしい生活も送れなくなるだろう」
もう一度言うぞ万次郎
「ニンゲンを辞める覚悟はあるか?」