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Laboの男44

 Labの男44

カランコロン カラン
喫茶店を漂うあったかいコーヒーのいい香り
それほど大きくない店舗の割には
人の出入りが多い繁盛店。
少し異彩を放つ男がご機嫌に話している。
相手は七三分けのシックな男
和やかに楽しんで会話しているのが分かる。

明智「商いの方はどうなんです?
   金さんは、元気にしてますか?」

 「世の中が不安定だと繁盛する仕事だからな。
  アニキも相変わらずやってるよ。
  情報を制する者が
  相手を出し抜くのが当たり前、
  自己責任感が強い世界観は相変わらず。
  騙された者が悪い扱いの
  世知辛い世の中になっちまったからな〜
  まぁまぁそれなりに
  忙しくさせてもらってるよ」

明智はピースサインを口の前で前後させて
  「そろそろニコチンが呼んでません?
   切れてきてるんじゃないですか?」

ツルツルの側頭部を撫でつつ
銀時がぽつり
 「辞めようと思っても吸っちまうだよな〜。
  少々、喫煙者には
  肩身の狭い世の中になったもんだよなぁ。
  歩きタバコだけで悪人扱いだよ。
  タバコの半分が税金なんだから
  ちゃんと吸える環境、作れっつうの!
  なんで喫茶店で喫煙できなくなったんだよ
  ほとんどダメだろ?どうなってんだよな。
  おぅ、タバコ吸いに行こうゼ」

 「コーヒーカップ持っていってやろうかな。
  まだ吸ってるんだろ橘も?」

戦争屋または軍事産業は、様変わりしたそうだ。
その昔『死の商人』なんて呼ばれたものだが
今はまったくの別モノだと。
戦争を利潤獲得の手段として捉えているのは
変わりないがカタチが変わってしまった。

中世欧州において
敵対勢力の両方に武器を売り
利潤のみを求めた武器商人らの姿勢から
このような呼称が生まれたとされている。
2枚舌の意味合いのニュアンスが含まれる
皮肉まじりの呼び名だ。
営利目的で兵器を販売、富を築いた人物や組織
または
兵器などの軍需品を生産・販売して
巨万の富を得る人物や組織を指す。
戦争挑発の一翼を担うとされ
キーマンともなり得る
孤高の意味合いもあったのは、今はむかし。
時代は流れ、冷戦後
国や企業が様々な理由から
当事者・当事国に
直接武器を売ることが厳しくなり
『死の商人』を経由して間接的に売る
これらの理由から
近年では豊富な資金源を持つ個人が
武器商人の中心となってきている。
ディーラー感もしくはトレイダー感が増した。
そこが栗木 銀時【ぎんとき】の
気に食わないところだ。

銀時、曰く
 「ロマンがなくなってきたんだよなぁ〜」

すでに
権力を手にした者のビジネスモデルとして
色濃くなってきている所が
しゃくに触るそうだ。
当然のことながら戦争が起きれば利益が増える。
が、血を流さない戦争が主流となった現在では
物理兵器ニーズよりもそれを上回る
ステルス兵器の有用性
目に見えない化学兵器、生体兵器が
幅を利かせる時代となった。
もちろん、製薬会社もその一翼を担っている。

合法か違法か、友国か敵国かを問わず
紛争当事国やテロリスト
第三諸国【アフリカ 中東諸国】に武器を売り
それが少年兵や犯罪者に手軽に銃が渡る問題
銀時、曰く
ビジネス死の商人たちは
各国の政府首脳や諜報機関と深い関係を持ている。
武器売買の行為を暴くことは
自国の暗部の行為を暴くことになるので
摘発されない。

 「自身が全てを背負う心意気が
  足りない気がするだよなぁ〜
  あんまり自身の手を汚さない感があるだろ?
  当時のバランサーであった役割が
  薄れてきているんだよなぁ」

 「毒を喰らわば皿までいけ!って〜の。
  仕事も人間関係も
  ゲーム感覚が割り増してる感じだわな。
  ナニをするのにも
  決死の覚悟感!てのが薄れてきてる。
  覚悟が足んねェ〜気がしてならねぇ」

詳しくない明智にしてみてもよく分かる話だ。
肝心な責任ごとなどの
いや事を誰かに背負わせるババ抜きは
気持ちの良いものではない。

 「ふぅ〜っオレなりに
  もうちょっと辺りを探ってみっから
  また何か分かったら連絡くれよ。
  番号前のままだろ?」

  「また、銀さんっ飲みに行きましょう」

 「そいじゃ〜行くわ。またな!
  おぅ、忘れるとこだった
  カップ返しておいてくれよ。
  じゃ〜な」

橘は喫茶店に戻って席に着くついでに
空いたカップを手渡し
ホットコーヒーをもう1杯注文する。
しばらくは居座るつもりのようだ。
明智はもらったデータを
ノートパソコンに繋げて調べてみる。
スナック来夢来人の雑居ビル
第2飲食店街ビル全店舗に
訪れていた客の身元はほぼ割れている。
きな臭いのが
やはり大半が鉄道会社に勤めている。
あの建物だけで客が鉄道関係者ばかりは異常だ。
するとメガロゴールデン街全て
製薬会社の息がかかっていると
いってもいいだろう。

コーヒーカップを口元にひと口飲み
画面をスクロールしていくうちに
明智の気になっていた
ウイスキーの検査項目にたどり着く。
様々な数値を眺めていると
ひとつだけダメなのが見つかった。

 『フェンタニル』

ヘロインの100倍とも言われる効果がある
非常に入手が簡単な忌まわしき薬品。
アメリカではすでに社会問題となっている。
年間7万人がフェンタニルの摂取によって
死亡している。ヘロインよりも強力、安価。
出所はメキシコのカルテルだが
原料の大部分は中国から供給されている。
ストリートでの価格は8ドルと異常に安価。
モルヒネの80倍の鎮静作用を有する
強力な合成オピオイド
他のオピオイド系と比べて血液
脳関門を迅速に通過できる即効性オピオイド
作用まで30秒 持続時間4分

 音が消滅して目の前が
 みるみる明るくなるほどの多幸感
 首の後ろがムズ痒くなり
 神経を鎮める呼吸音だけを残して
 静寂が蝕み始める。

ヒトがゾンビ化することで有名なドラッグ。
これは完全にアウトだ。
マグリットの女はやっていた。
勧められたウイスキーは盛られていた。
罪深いのは明らかに確信犯なところだ。
集客目的だけで一商店が行うほどの
規模の話ではなさそうだ。
薬とアルコールのちゃんぽんは
薬理効果にブーストをかける。
二乗もの効果をもたらすということは
死に至ることも多々ある。
オーバードーズの原因となる大多数が
ただの過剰摂取ではなくアルコールとの併用だ。
リスクを犯してまでの理由がある筈だ。
製薬会社からの働きかけ鉄道会社からの要請
何かしらかがある筈だ。
メガロゴールデン街全てに
蔓延しているんじゃないか?すら思えてくる。
鉄道社員を繋ぎ止めるためだけに
薬を盛っているのなら少々悪質過ぎやしないか。
組織ぐるみであるのは明らか
さて、着地点はどこになるだろうか?
DEW兵器は間違いなく活躍するだろうが
その矛先は思惑は利害はどこに?
カップを口元に運び一口、
コーヒーが
脳内の灰色の部分を活性化させているのだろう。
エグ味のある事実なのに
まるで何にも感じない。
これにはさすがに
ナニも盛られていないはずだ。
これから起こるであろう事件に
思いを馳せる明智

 「また、ぶっ飛んだヤマつかまされたな。
  ウチの会社はどこまで掴んでるんだろ〜な。
  まだまだ、末端の我々には見当がつかないな」

ほろ苦い事実を香り高いコーヒーで流し込む。
 喫茶店は和やかに賑わっている。


雲行きが怪しくなって来た昼下がり
空模様をうかがいながら歩く男。
スーツ姿が行き交う周辺では知られたビジネス街
紺色スーツの男が歩いているのは本宮町。
諜報部から直接の依頼がナナシにあった。
上層部からそれなりに信頼を得ているようだ。
どうやら非合法の薬品を精製、他国へ横流し
が行われているようだ。
ビジネスモデルとしては優秀だが
非人道的な薬といってもドラックではなく
軍事関係、神経ガスを精製してるとの情報だ。
世界各国で研究は進んでおり研究の結果
軍事産業に利用されるなんてよくある事だ。
研究者の罪の意識関係なく
次から次へと汎用化される。
有名な所ではダイナマイトが挙げられる。
硬い岩盤を粉砕し資源採掘の為に活躍する筈が
炸裂弾に代表される兵器へと変容された。
便利になる裏側には必ず影が存在する。
あてなく歩みを進めていく。
訪れた事がないのに不思議と懐かしい街並み。
昔からビジネス街としてある土地柄
レトロな建物が現在でも活躍している。
耐震構造はそっちのけで建てられたビル群は
素知らぬ顔でビジネスマン達を飲み込んでいる。
ナナシは決まって考え事をする時には
ガムを口にほりこむ。
ある意味、思考の濃度を上げるため
ガムを噛む繰り返し動作が
ナナシの思考エンジンの回転数を
上げるのに役に立っている。
さて
神経ガスを下ろすルートを掘る必要がある。
けっして漏れてはいけないモノには
それ相応の蓋が必要となる。
大掛かりな装置が必要だという事は
運搬手段も限られてくる。
近くに貨物列車のターミナルがあるのは
偶然ではないだろう。となると
鉄道会社から当たってみるのも悪くないな。
ある程度の目星がつくとガムをはきだして
行動に移す、いつものルーティーンのナナシ。
はて、このビジネス街に薬品を精製できるほどの
整った設備を完備できる建物は限られる筈だ。
かなり専門的な人材も必要となる。
先ほどよりも力強く歩みを進めてゆく。
薬品をどこに上納するかは、鉄道会社周り
建物を突き止めてからでいいだろう。

職業柄なのかナナシは
調査対象のバックグラウンドなど
人間ドラマを垣間見る機会がよくある。
様々な痕跡から状況証拠につながり、結果
ナナシが取り扱う特殊な
それでいて切り取られたケースでは
着地点である恐らくの
首謀者であろう誰かがあぶり出される。
当初は業務とは関係なく
ストーリーを想像し
ワル役に仕立てたり勝手に同情してたりと
日常生活の延長線上に
自分なりに落とし込んでいた。
が、
やまほどの案件を抱えることに
くわえて携わることとなる。
随時、任務は同時平行線上に展開される。
毎回の任務が常人の理解の範囲
分かりやすい着地に収まる案件とも限らない。
 まぁ〜キリがない。
それじゃ実生活にも影響が出てくる。
やっとの想いで切り離して
考えるようになったのにも理由がある。
メモリーとは恐ろしいもので
会ったこともない人達が
夢にまで現れて追いかけて来る始末。
状況証拠が揃ったところで実際の所は
当事者でないと分からない事実や
後味の悪い結末であっても事実は事実。
嫌ってほど浴びてきた。
なんだったら家庭にいる時間よりも多いわけだ。
バグっちまう。
いらぬところにクビを突っ込まないことだ。
いらぬストーリーに落とし込んでしまう
人間らしい気持ちが
自身の生活にまで侵食して来る。
ドラマのように話は完結しないのだ。
エンターテイメントの弊害なのか
ニンゲンって素敵なモノだと思いたいのか
なんなのかは分からないが……

真実なんて、もうどうでもよくなってくる。
さんざん裏を突き止めて来たんだが
だからといって世界を暴いて
世の中を変えたいなんて発想すらない。
設定に生きるのも悪かない。
ヒトなんて所詮、裏切るいきものだと
悲しんで生きるのも悪くないと思っている。
好き好んで悲しんでるのだろうから
それこそヒトの勝手だ。
だから分かることがある。
目の前の状況、事実からではなく
先入観からの選択には
手痛い失敗が待っている事を。
チョイスは皆に平等に存在しているが
先入観であることを認識するのは
非常にむずかしいという事だ。
それだけヒトは信じたいモノを信じ
見たくないモノには目を背ける
いきものだということなのだ。
ナナシのポリシーが自然と生まれた。
要は目の前の小さなこと楽しんで生きていければ
ただそれだけで十分なのだ。
これは欲張らない彼の変わらない所だ。
エージェントになる前からのブレない
シンプル構造だが砕けない、彼のもっとうだ。
煮詰めるのも悪かないが
煮詰まるんだったらいっその事
火を止めたらってのもコクな話
感情の炎は止まらない。

 「煮詰まったコーヒーの味ってのも
  悪くないんだけどね」

 「ま、毎日はいらないからね」

思考を止めて
ビジネス街を歩くナナシに戻ってくると
目の前を歩いてく
なんて事ないどこにでもいそうな
スーツ姿のじいさんに目がいく。

 「あれっどこかで見かけたことがあるな」

何気なしに尾行してみる。
四つ角の古びた雑居ビルを背に
真向かいのレトロな建物へと入って行った。

 「分かったぞ。あれはエビス薬品工業の社員だ。
  え〜っと、たしか楠木さんだったっけか。
  かなりの古株だったはずだよな」

その後にゆるりと不思議な雰囲気を漂わす
長身長髪の黒スーツの男が同じく
建物へと吸い込まれていった。
ウソみたいに
透き通った白い肌は浮世離れしている。
追いかけるように
鼻をつくジャコウの香り
クセのある嫌な匂いだ。

 「何者なんだ、あいつ
  とても堅気ではなさそうだぞ。
  違和感の塊なのに
  なんで存在感が無いんだ。
  楠木さんとは直接関係はないだろうけど
  まずはこの建物から調べてみるか。
  何か出て来そうな気がしてきたな」

ナナシの気を削ぐジャコウの香り
黒づくめの男を無意識のうちに
追いかけていくのであった。

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