Laboの男73
Labの男73
カップの上でゆらぐ煙
香ばしいコーヒーの香りが鼻を通り
口元へカップを ゴクリ
軽やかに指が奏でる音色
カタカタッカタカタ
腕を組んで遠い目をするオールバック
彼の目には人類がどう映ってたのであろうか?
クローンである事実は彼を歪に蝕んでも
おかしくなかったにも関わらず
一度積み上げたものを
モノともせずアッサリ手放す。
明智が知っているどのヒトよりも
温かく力強い人間そのものであった。
「いや、ちょうど良かったのかもしれない。
走馬ブラザーズがまだ尖っていた頃の
象徴のビル。
まぁ沢山の人を踏みにじって建った
とてもヒト様に誇れるビルでもなんでもない。
ただ崩壊してゆく様を見れたのは
ほんと良かった。
ここ数年ず〜っと引っかかってたモノが
スッキリした気分だよ。
楠木くんにはいつも
忘れ去った大切な何かを
気付かされてばかりだよ」
明智が1番印象に残ったセリフだ。
走馬 灯次郎氏が信用できる人物だと
ハートが震えたのを今も思い出してしまう。
クローンを兄弟として迎えて
いちから人間を教えた
オリジナルである兄 走馬 灯吉のニンゲン力
彼もまた一般の尺度では測りきれない
人類を超えた大きな男であることが垣間見える。
オフ本宮町の喫茶店でノートパソコンを叩き
コーヒーカップを手に取りひと口 ゴクリ
ちょうどタバコが恋しいタイミング
もうひと仕事終えてからだ。
カタカタカタッ
本宮町暴動騒動の原因は
違法に精製された神経ガス流出事故による
一般市民を巻き込んだものだった。
バイオレンスを誘発するガス吸引が暴動へと発展
本宮町を丸々巻き込んだ事件へと拡大した。
報道による隠蔽工作として
暴動の原因はSOMAコンツェルンの不正に
不満を抱いた者たちの犯行との事に着地。
「怒れるパープル」を吸引し暴徒化した市民を
適当に見繕って首謀者に加害者に仕立て上げ、
世の中には、
走馬の悪しき行いの報いとしてすべての矛先が
SOMAコンツェルンへと向けられた。
本宮町エリア全体での暴動のこと
軍事利用目的の化学兵器
神経ガス「怒れるパープル」の流出事故など
まるで無かったかのように
SOMAビル全焼火事だけが
連日ニュースでは大きく取り上げられた。
あれほどの高層ビルが火事だけで
跡形もなく無くなったりしない。
爆破された事実は当然一切触れらていない。
日本での軍事兵器開発は決して
公には広まってはいけない案件。
大衆への印象操作は万全
一切合切を走馬 灯吉になすりつけたカタチだ。
現CEOは走馬 灯次郎となっているが
灯吉が一切の責任を被ったカタチをとり
兄が全てを背負ってキレイに引退。
最後まで弟想いの
いい兄のケジメのつけかたに終わった。
明智の見解
ノートパソコンで報告書をしたためる指先が
楽器を奏でているように軽快だが
とはいえ、ちっとも楽しそうではない。
そりゃ〜書類作成は退屈だ。
ジェイソン楠木は
まごうことなく能力者であるが自覚がない。
エビス薬品工業上層部のひと握りが
能力に昔から気づいており
利用してきたのだろう。
奥さんを亡くしてから
大幅に痴呆症が進行したものと見られる。
ジェイソン楠木は独自の世界観を生きており
世の中から切り離されていけばいくほど
インスタントジャスティスの発動規模が
大きくなってるように思われる。
便宜上、能力を名づけさせてもらう。
自覚なく能力が発動される
【ジャスティスオートマータ】
正義のからくり人形
本人が意図することなく
勝手に悪事を白日のもとに晒す能力。
適切な均衡をもたらし
敵味方関係なく自動発動するため
ジェイソン楠木と長年の知り合い
SOMAコンツェルン現CEO
走馬 灯次郎氏は
自社ビルの全壊に動じなかった。
それは昔から彼の能力を周知していたからだ。
被害の全てを保険がカバーしてくれる事と
走馬氏の中で何か踏ん切りをつけたかった事と
合わさって、ちょうど良かったと述べていた。
ただ世間のイメージは強烈で
ニュース報道内容の事実関係は
虚実おり混ぜたシナリオが存在し
大きな力が働いたとしか思えない。
悪人のレッテルは以後取れる事はないだろう。
ジェイソン楠木氏の考えが読めなかったのは
実際、何も考えていなかった点と
痴呆症の現れである点が挙げられる。
業務にいたっては印象の良い営業マン
問題がない模様。
仕事をしている間は至ってまともである。
エビス薬品工業には
まだまだ役に立ってもらえるだろう。
【ジャスティスオートマータ】
能力の事実の証明として
エビス薬品工業の周辺に彼を置かず
営業廻りをさせているのも
能力の影響の強さを物語っており
自爆を回避するためだろう。
どの会社も叩けばホコリは出るものだ。
ある程度レポートを仕上げ、ため息をついた
傍らには
銀さんがコーヒーを飲んでいる。
「とんでもない目にあったもんだなぁ。
ナチュラルボーンのギフティット
素体の能力者ジェイソン楠木は
知らなかったな。とんでもねぇ〜能力だな」
「ところで、橘?いいや、明智か!
今はコードネームの方で呼んだ方が
いいのか?」
「以前からちょっと気になってたんですよね。
噂では聞いてたんですけど
本名って魔法、呪術だとかに
利用されると厄介だって
言うじゃ〜ないですか?
明智はまだ遭遇したことはなくて
そこんとこ?どうなんですか?」
「意識との兼ね合いがポイントだな。
現在では橘として過ごしているよりも
明智として生きている時間が長いわけだわな。
素にすごしてる時間よりも
明智スイッチが入った状態の方が長い。
そのコードネームが【よりしろ】となって
ある意味、自己暗示だとか身代わり
お守りみたいなカタチで
自身を知らない間でも守ってくれる」
「やっぱり、そうか、実在するんですね。
魔術師だとか呪術師の類い」
「あれだろ、呪殺だとか黒魔法対策のこと
言ってるんだろう?」
「大雑把にいえば魔法と同じだな。
その明智小五郎って名前を使うことで
スイッチが入るだろう?それって
エージェント明智 小五郎像が
自身のイメージなりの想像力加減で
自己防衛本能を高める。
専門用語では共感魔法っていう。
名前が身代わりになってくれたりするのも
本人と分けているってことだな」
「そうそう、ひと昔前に陰陽師って流行った
だろ?あれも実在するから、ははははっ」
「それこそ昔からその効果は実証されていて
元服【げんぷく】って知ってるか?
今みたいに平均寿命が高くなかった頃
子どもには長生きして欲しいかった訳だわな。
日本では成人すると生まれ変わりの意味を込めて
新たに名前をつけたんだよ。
通過儀礼で、ある意味儀式だわな」
「もうちょっと身近なヤツ
夜の仕事だったら源氏名ってのが
昔からあるだろう?
理にかなってるんだよ」
「無意識にヒトは理解していて
利用してたんですね」
「報告書が一段落したんなら
タバコ吸いに行こうぜっ明智」
喫煙所がないのはナンデなんだと怒ってたけど
ここのコーヒーは気に入っているのか
コーヒーカップを片手に店を
出ていくのは銀さんだけだ。
カランコロンカラ〜ン
最下層の地下8階明智Laboは朝から賑やかだ。
昨日の盛りだくさん尾行
疲れは意外と残っていない。
体内ナノマシーンの影響もあるだろうが
サウナ侮りがたし!
朝からLabへ向かい
元カノからのエアメールを片手に
尾行の件をひと通り報告する万次郎
万次郎の悪戦苦闘話にニヤニヤしている玄白
「名探偵明智の推理は当たってそうだね。
どうやら、ジェイソン楠木案件は
我が社の通過儀礼だったみたいだね。
ゴマ目だった明智Laboも
いよいよ、試されたんだろうね」
「玄白さんが興味抱きそうな
オートマチックに悪をあぶり出す能力!
すごいでしょ?
凄すぎてボクはヘトヘトになりましたよ」
それまでの苦労話を聞いていた時とは
雰囲気が変わり
いつものふくみ笑いが表情から
なくなり意外にも真顔の玄白。
モフモフ頭をわしゃワシャしながら
メガネを上げる玄白
「う〜ん、凄まじい能力なんだけどなぁ〜
研究したいまでには至らないなぁ」
思ってもない反応に不思議がる万次郎
黒縁メガネを中指で上げて話し出した。
「う〜んとねぇ〜」
実験対象として再現性が低いんだよね。
薬物投薬なしのプレーンな能力なんでしょ?
独自進化の特異例なんだよなぁ。
万人には適応し無さそう。
ずっと引っかかってたんだけど
なんでジェイソン楠木【まさなり】正成が
ラクダ顔なのか?
それは仕方ないんだよ。
すぐにでも忘れてしまうあの印象に残らない顔
あまりにも内面が外側に現れすぎてない?
って事なんだよね。
よく映画ばえするようなコワモテの
味のある悪役俳優っているじゃない?
それって映画ならではの表現で
そんな強面が必ずしも強い訳ではないんだよね。
だからと言って
どうせ映画なんだから
主人公はハンサムがいいな〜ぁ
なんて無意識に思ってしまう可愛らしさが
ニンゲンなんだろうけど、
必ずしもハンサムが
いい人生を送ってるとも限らない。
あぁ、話がそれたね。
力強さとは必ずしも
戦闘に長けた者のことを言うわけじゃ〜ない。
意外と世界を牛耳ってる者だって
味のあるいぶし銀な顔してなくて
人心掌握術に長けた者
ヒトが信用できないから自身で手を下す者
狡猾な洞察力や慎重さに長けた者
だったりと様々なはずさ。
強面だったら分かりやすいんだけど
理由はなんであれ
顔には何かしらかがにじみ出ている。
彼の場合はその対極をいってる訳だよね。
ジェイソン楠木氏の場合は特に
エゴが見当たらないだろ?
それが表情に現れてると思わないかい?
「たしかに、、、」
そこなんだよね。
この玄白が惹かれないところ。
どうもボクは
独自の歪みがニンゲンらしさと思っていて
彼の人類愛なところが
面白くないみたいなんだよね。
玄白が発見だったのは
あそこまで表情に特徴がないのが
ナンデなのかが分かったくらいかな。
多かれ少なかれ
我【が】が表情に現れるはずなんだよ。
その点、彼は異様だよ。
彼は地球規模で人類を愛してるからさ。
だから顔に特徴が浮き出てこないんだって。
歪みっていう整合性の無さ、怖さが
彼には見当たらないから残念なんだよね。
鍋でいうアクの部分がないんだよ。
う〜ん、面白くないよね。
無我の境地ってのに近いんだろうけど
世の中の平和を願ってる部分はエゴ
だけど自分に向かった欲望ではないんだな。
博愛って言葉があるけど
ジェイソン楠木そのものだよ。
だからその
「オートマティックジャスティス」を
発動可能なんだと思うよね。
我がエビス薬品工業には多大な恩恵をもたらす
強力な戦略的兵器である事には
変わりないんだけど。
自分でもビックリしてるんだよ。
こんなに興味深い検体なのにね。
「それにしても、新たまって
いいヒトって利用されるんだね」
最も深く根ざされた身体こそが我々
悍ましく蠢く大いなる欲望対象と
なっているんだよね。
ボクの興味の対象ってことでもある。
トドのつまり
結局ニンゲンは人間にしか興味が無いんだろうね。
あの〜ぉ、あれだよジェイソンの能力は
グローバルな地球全体じゃないって事ね。
ヒトにしか反応しない。あくまで人類愛
う〜ん、非ぃ常ぉ〜に清々しいよね。
興味の対象じゃない場合の玄白には
ジェイソン楠木も形無しだなと思う万次郎。
要は、万人には発動が可能ではないから
玄白の琴線には触れなかったみたいだ。
マイッチingマコ
「大きな影響を与えるってのは凄いのよ
たしかに
カンフル剤にはなるんだろうけど
安定供給だとか再現性には乏しいのよね。
彼のハプニングさせる能力は
諸刃の剣なんだよね」
聞き耳を立ててはいるようだが
爪をいじっているルナ。
こちらの方は見ずにそっぽを向いて
どうやら興味を示していない。
玄白はそれを見て、はっは〜んとする
「ルナせんせ〜!もしかして
ずいぶんと前から知ってたんじゃないの?」
指先を眺めながら一呼吸おいて
うなずくルナ
万次郎
「ちょいちょいっ!
なんで言ってくれなかったんですか〜!
てんやわんやの大騒ぎだったんですからね。
おじさんと相撲とったりとか」
ツメに息を吹きかけてルナ
「良ぃ〜い経験にはなったはずよ?
迷ったんだけど、万次郎には丁度いい
1stミッションになったはず。
直接危害が加わる能力じゃないし
いい模擬戦にでもなったんじゃなぁ〜い。
コレからはあんなややこしい事が
対象になってくから
まだ穏やかなミッションの方じゃない?」
玄白
「ボクも知らなかったけど、
試されてるのに答え言っちゃったら
テストにならないものね」
ルナ
「ネタばれで
水差しちゃ〜台無しでしょ?」
マコ
「ちょっと教えてくれても
よかったじゃ〜ないのぉ〜。いけずぅ〜」
「まぁ〜普段のみんなも
見てみたかったからね。
特に仕事っぷりもね」
やっぱり、一筋縄ではいかないルナが見え隠れ。
「意外に明智が仕事できるのに驚いたわ!
見掛け倒しのスケコマシじゃなかったのね。
それに万次郎って結構
根性あるじゃん!」
いけないルナ先生
明智Laboの採点は上々みたいだ。
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