証言台の前に立つ。
「それでは弁護人、最終弁論をどうぞ」
そう言われて、弁護人席を立ち、証言台の前に向かう。被告人はこの公判で、ほとんどずっと俯いていた。
被告人とは何度も接見をして、お互いの趣味を知り、笑い話をしたこともある。この被告人は、まっすぐ人の目を見て話すタイプなんだな、そういう印象を持っていた。
被告人は、新米の私よりも公判の経験が多かった。公判の流れも経験してきて、どのように行動すればいいのか、今までの弁護人から助言を受けてきたのだろう。
「被告人質問では、大きな声で、裁判官の方を向いて話してくださいね」
「わかってますよ、大丈夫です」
そういうやり取りもして、公判を迎えた。
公判が始まるも、被告人は、ほとんどずっと俯いていた。被告人質問のときは、申し訳程度に裁判官の方を見ていたが、特段大きな声で話せていたわけでもなければ、裁判官の目を見ていたわけでもなかった。
最終弁論のため、私は証言台の前に向かった。このときも被告人は俯いていた。しかし、最終弁論の最中、被告人の方に目をやると、こちらをじっと見つめていた。目が合ったのは、1、2秒程度であったと思う。
最終弁論を終え、弁護人席に戻ろうとするときも、被告人と目が合った。
被告人が何を感じたのか、考えたのかはわからないし、何かが変わるのかもわからない。それでも、私は、被告人の目に、被告人の公判を映すことができたのだと思う。それがどのような影響を及ぼすのか、あるいは及ぼすことがあり得るのかすらわからない。
ただ私は、私が公判でできることを尽くした。
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