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(朗読台本)不思議なひとときー逃げてきたあなたとー

青い目のねずみはどこへ向かい、どんな人と出会うのか。
シリーズものを書きたくて作りました。
出会いがあれば次のお話を更新します。

⭐︎ご利用案内⭐︎
・利用報告は任意です。
 ご連絡頂けますと、聞きに行けるので助かります😊
・下記のクレジットを概要欄などに表記お願い致します。

 【クレジット表記】
 作品名:不思議なひととき-逃げてきたあなたと-
 作者:うさよし
 noteリンク: https://note.com/hondana00_okiba

【OK】
 多少の本文変更(読みやすいようにニュアンス・言い回しを変える程度の変更)

【NG】
 作品タイトルの変更


以下、台本本文



信じてはもらえないでしょう。

昔、夏の終わりに出会った
小さな幻(まぼろし)のようでした。

これは、私が体験した不思議なひと時の話です。


「はぁー…かったる。」

夏休みも終わり、普通の高校生だったら学校で授業を受けている時間帯。
私は、草木生い茂る河原に来ていました。

登校時間から数時間が経過し、無断欠席の連絡が母親に入っている頃でしょう。

学校指定のブラウスとスカートを隠すように、開いた日傘の陰の中で
ただ、流れる川の水を眺めては、無断欠席の言い訳を考え、ため息をつきます。

「どうしよっかな~」

口からは困っているかのような言葉がでるけれど、
今更、この現状をどうにかする気持ちは少しもなくて、
私はこの場所に留まっていました。

肌を刺すように強かった真夏の太陽も少し和らいで、水面を優しく輝かせています。
その景色を見ているだけで、ざわついた胸の内も静まるような、そんな気がしました。

ぼーっと川の流れを見つめていると、
目の前の川岸で細かい水しぶきが飛び散るのが見えました。

川魚でも跳ねたかな、と注意深く川岸を見てみると、
一匹のネズミがいました。
どうやら水浴びの真っ最中のようです。

街中ではあまり見かけることのない小さな生き物に、興味を惹かれ
しばらくじっと様子を眺めていると、ネズミがこちらに気づき、視線が合いました。

今日の空よりも深く澄んだ、青色の小さな瞳がこちらを見ていることに驚き、
身体が動かず、言葉も失い、ただ、川岸にいるネズミと見つめ合っていました。

突然、ネズミがはっとしたようにぶるぶると体の水気を飛ばし、
小石の上に置いてあった小さな布を手に取りました。

「えっ。」

戸惑いなのか、驚きなのか、よくわからない音が私の口から漏れ出て、
それが聞こえたのかネズミはより慌ただしく、もぞもぞと布を広げていきます。

小さな布はネズミの洋服でした。
着慣れていないからなのか、それとも慌てているからなのか、
ボタンは掛け違っているし、ズボンはしっぽが引っかかってあがりきっていないし。

そもそも、ネズミが服を着ること自体が在り得ないことだけど、
小さな服を身に着けようとしている姿は、何となく可愛らしく見えました。

ネズミは服をきちんと着る事を諦めたのか、
だらしなく着くずれたままの姿でこちらにやってきました。

「すいません。お恥ずかしいところをお見せしました。」

目の前で起こるあり得ない光景に、もはや驚く気も起きません。

目の前まで来たところで、ネズミは困ったような、笑っているような、
落ち込んでいるような、疲れているような、
何ともいない表情でこちらを見上げて言いました。

「今日は大変暑いですね。河原の石も燃えているみたいに熱くって、とても歩けたものじゃない。見たところ、あなたはとっても素敵な場所をお持ちのようで…。
えっと、その…。あなたの陰で少しだけ休ませていただけませんか?」

地面の温度は相当熱かったのでしょう。
遠慮がちにそう言いながら、ネズミはすでに私の日傘の陰の下にいました。

「いいよ~」

もう入ってるじゃん、という言葉を飲み込んで
私は日傘を少しだけ、ネズミの方に傾けます。

するとネズミは安心したようなため息をつき、くたっと座り込みました。

「ありがとうございます。太陽が出ている時に出歩いたのが大間違いでした。
いや~本当に助かりました。
それと、あなたの足元に僕の荷物があるのですが、取ってもらってもいいですか?」

言葉に促されて足元を見ると、河原の石に紛れて
ネズミが持つにしては少し大きいリュックがころがっているのを見つけました。

私はそれをそっとつまみ、座り込むネズミの横に置きました。

「何から何まですいません。ありがとうございます。」

座ったまま、小さな頭でぺこぺこと会釈をしているネズミは
先ほどよりも落ち着いたのか、表情が明るくなっているように見えました。

小さな手で掛け違っていたボタンをちまちまと外しながら、ネズミは私に話しかけてきました。

「あなたも水浴びをしにこちらへ?」

「違うよ。でも川の近くなら涼しいかな~と思って来たの。
ぜんぜん涼しくなかったけど。」

「ですよね~。僕も水辺なら涼しいかな~と思って出てきたんですよ。
でも、いざ来てみたら地面が暑くて、たまらなくて。それで水浴びをしていたら、
素敵な場所の下にあなたがいたってわけです。」

ネズミはにんまりと微笑みました。

確かに日陰に入っていれば、時折吹く風に涼やかさを感じ、
日向に出ているより幾分かは「素敵な場所」ではあります。

安心ややすらぎ、心がほっと安堵する、そんな状況だったなら
おしゃべりする不思議なねずみの話に共感して、
楽しく雑談をしていたかもしれません。

しかし、こうして話を聞いている間にも、ポケットに入っているスマホが
何度か振動音を鳴らしていました。

重たい振動に現実を突きつけられているようで、
次第に、後ろめたさや反発心、暗い気持ちがモヤモヤと立ち込めてきます。
涼やかに吹く風も、虚しさを煽られているように感じました。

そんな状況など知る由もなく、ネズミは呑気にしゃべり続けます。

「僕は人間が羨ましいです。身体も足も、丈夫で大きいから行きたいところへ行けるでしょう?僕の身体と足じゃあ、少し向こうの日陰に行くだけでも一苦労ですよ。」

ネズミは、自分の小さな足を眺めながらため息をつきます。

その小さな音に混ざって、またスマホの振動音がかすかに聞こえてきました。
電話にでろ、と急かす規則的な振動音に、私は苛立ちを押さえることができませんでした。

「ネズミさんから見た人間はそう見えるんだね。でも、そうでもないよ。」

私は胸の内のモヤモヤを吐き出すように言葉を返していました。

「私ね、本当は学校っていう場所に行かなきゃいけないの。
子供のうちはたくさん決まりがあって…。なんか、そういうの、息が詰まりそうで苦しいんだよね。

でも決まりだから、そこに行かなきゃいけない、やらなきゃいけない。
そんなことばっかりでさ。だから、あなたの方がよっぽど、どこでも行けるように思えるよ。

決まりなんて知らないし、苦しくて嫌になっちゃって、私、とうとう逃げてきちゃった。だから今日、ここにいるの。」

私は自虐的な笑みを浮かべながら、半ば八つ当たりのように、
自分の気持ちを隣にいるネズミにぶつけていました。

気持ちをぶつける相手は違うはずなのに。

「そうだったんですね。相手の事をうらやましく思っても、見た目では分からないものですね。」

ネズミのしみじみとした物言いに罪悪感がわいて、ちらっとネズミの方に目を向けると
深く、濃い青色の瞳がまっすぐこちら見て、私に聞いてきました。

「逃げてきたってことは、追いかけてくる誰かがいるってことですか?」

追いかけてくる。何が?

いや、だれが。私は、何から逃げて…。

そう考えを巡らせていると、またポケットの中のスマホが鳴りました。

「そうだね…。こわーいお母さんとか、真っ赤な顔して怒った先生とか、かな?」

私は、スマホを鳴らしている人たちの顔を思い浮かべました。

すると、ネズミが遠くの方を見ながら言いました。

「いいですね。」

「え?」

私は言っている意味が分からず聞き返しました。

「ほら、僕って、少し変わっているでしょう。
服を着ないで、おしゃべりをしなければ、ただのネズミにみえるけど、
目が青いのだけはどう頑張っても隠せません。
ちょっと前まで、家族と親せき、合わせて12匹くらいで暮らしていたんですけど、
どうにもこの青い目が怖いと言われまして。住んでいた場所を追い出されてしまったんです。
それ以来、家族には会っていませんし、僕がこうして家出しても誰も追いかけてくる事はありません。」

私は、この小さなネズミがここにいる理由を知って
とても気まずくなりました。

どんな言葉をかけていいのか決めあぐねて、黙っていると
ネズミはこの沈黙をそっと払うかのようにへらへらと笑って

「ま、追いかけてきてほしいとも思ってませんけどね。」

といいました。

「そうだったんだ…。相手の事をうらやましく思っても、見た目では分からないものですねぇ。」

私は冗談っぽく、ねずみが言った言葉をそのまま返しました。

「分からない者同士、仲良くやれそうですね。」

そう言ったネズミと私は、空がオレンジ色に染まるころまで談笑して過ごしました。

話をしている最中も、スマホは相変わらず定期的に鳴っています。

電話に出た後の事を思うと、通話ボタンをタップする気は起きないけれど
少しだけ、電話の向こうにいる人に会いたくなりました。

会って、話をして、言葉にしにくいこの気持ちを話すことができたなら、
何かが変わるでしょうか。

夕日が落ちる前に、私はネズミに挨拶をして帰路につきました。

夢か、現実か、
あのネズミはどこへ行ったのかも、わかりません。
またどこかで出会えたら、お互いの逃げた後の後日談でも、してみたいものです。


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