損保4社の独占禁止法違反を受けた保険業法改正提案&保険仲立人の活用促進案-①
はじめに -共同保険契約とは-
国民のリスクを補償する個人向け損害保険制度は、全国の保険加入者の保険料で賄われる。集めた保険料により、資金プールが作られる。自動車保険加入者が事故により損害を被った際、事故の詳細、損害程度、補償内容に応じて保険金が確定し、資金プールから保険金が引き出され支払われるという仕組みになっている。
企業向けの損害保険では、資金プールから保険金を支払い補償する仕組みは同様だが、保険対象の、損害発生時の損害規模が甚大であるもの(備蓄基地や空港など)になると、支払保険金が何百何千億と膨れ上がり得る大口な保険契約を組むこととなる。このような巨大な契約を保険会社一社のみで引き受けると保険会社の損失も大きくなり、支払能力の低下によって他の保険金支払いに影響が出る可能性もある。この場合、保険会社何社かが分散して同一の大口契約を引き受け、負担を分散しながら共同の資金プールを作る「共同保険」の形をとりリスクの分散を図ることが一般的だ。[1]この共同保険契約では、各社がシェアを分け、シェアに応じた保険料を契約企業から徴収し、損害発生時にはシェアに応じた保険金を支払う。この時、幹事の会社が決められ、他保険会社や保険代理店をとりまとめ、入札を主導し、契約の組成を進める。引受シェアの決定は原則、各社の入札で争うことが定められている。各社は自身の希望する引受シェア(応札価格)を顧客企業に提示する。最終的には提示された価格に加え従来の協力関係などを総合的に判断して顧客企業が恣意的に各社の引受シェアを決定する。大きな契約を組成し安全に履行するうえで、最も有用だと考えられるものだ。
しかし、この共同保険分野の引受において損害保険業界大手4社は事前の連絡を通し各社の引受割合を話し合ったうえで入札に臨み、応札価格を調整していたことが判明した。これはカルテルとなり、損保業界の競争に悪影響を及ぼす独禁法違反となる。2023年夏に公取委が調査に動いたのち、事実であるとして大手4社は違反を認め、2024年10月に4社に行政処分が下された。本考察は本件の詳細と考察を通し損害保険業界のカルテル慣行がどんな原因により引き起こされたか、また日本の共同保険の構造がどんな特質・課題を孕み、独禁法の観点からどのような修正を加えてこれから透明化するべきか検討する。
[1] ある対象に個別の保険をかける重複保険でも大きなリスクを引き受けることが出来るが、補償内容が微妙に異なる、個別で契約するコストがかかるなどの理由で一般的でない。
本件行政処分の概要
2024年10月31日、企業向けの共同保険契約で保険料を引き上げるためにカルテルを結んだとして、公正取引委員会は損害保険大手4社(東京海上日動、三井住友海上、損保ジャパン、あいおいニッセイ同限)の違反を認定し、疑いが持たれた行為の内9件に再発防止を求める行政処分が言い渡された。本件排除措置命令に加え、4社合計で20億円もの課徴金が求められた。また、カルテルなどの「不当な取引制限」は自主的な改善計画の提出・認定により独占禁止法違反認定を退ける「確約手続き」は適用されないが、違反を自主申告した場合申告順や協力の程度の吟味により課徴金減免を受ける「リーニエンシー制度」は適用できるため、各社は活用し課徴金負担を軽減、したがって本件指摘に対し争うことなく違反が認定される運びとなった。
共同保険分野の内、幅広い業種の取引先にまたがって違反行為が発生したことにより、公取委の5つある審査部隊のうち第一、第四、第五の3つの部隊がそれぞれ厳密な審査にあたるという点、処分対象者である各社社長を合同庁舎に集め処分を言い渡す場面を報道陣に公開するという点が特徴的であった。また、公取委は本件カルテルに関し「共同保険に係る独占禁止法上の留意点等について」というガイドラインを公開し、金融庁及び日本損害保険協会について本件の周知徹底を要請することとなった。
本件違反行為の概要
今回は9件ものカルテルが違反認定された。その中でも代表的なもの4つを取り上げる。[1]
例1)JERA
(合意)本件財物・利益保険について、見積り合わせにおいて各社が提示する保険料の水準を調整すること等によって保険料を引き上げ、または維持する
(実施方法)①保険料の最低ライン・見積を事前に相談し、②調整した水準で各社が代理店を通じてJERAに保険料を提示。③JERAが見積もりを確認した後、代理店を通じJERAが各社と交渉。④各社個別に行われている交渉状況について、4社がLINEグループのチャットにて情報交換。[2]
(結果)令和2年から5年におけるすべての財物・利益保険について、各社が恣意的に保険料の引き上げもしくは維持に成功した。
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例2)独立行政法人エネルギー機構(JOGMEC)
(合意)保険代理店である「共立」を介して各3社の入札保険料を把握し、自分の想定通りになるよう調整
(実施方法) ①共立は各社の入札予定額を含む情報を契約主体となる3社から入手し、適時に他2社に共有した。②各社は共立からの情報を受けて入札額を恣意的に調整し、JOGMECに提示した。
(結果)令和2年から4年までの本件備蓄基地保険のすべてにおいて。共立を介し自身が想定した引受保険料および引受割合を実現していた。
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例3)警視庁
(合意)任意自動車保険について、受注予定者(損保ジャパン)を決定し、受注予定社以外の者(東京海上・三井住友海上)は協力する。
(実施方法)損保ジャパンが、各2社が提示する入札価格の下限を指定するよう連絡し、自身がもっとも低い入札価格となるように調整した。
(結果)想定通り警視庁の任意自動車保険はすべて損保ジャパンが受注する結果となった。
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例4)仙台国際空港
(合意)本件損害保険について、見積り合わせにおいて各社が提出する見積りを調整して保険料を引き上げること、地震特約に係る保険期間を1年とすること。
(実施方法)①仙台国際空港との契約において兼ねてから見積もり合わせの引き受け条件に関し前もっての情報交換がある慣習を知ったうえで、電話上やカラオケ店での会合を実施し。見積金額を調整した。②事前の調整を踏まえた見積りを取引先に提出し、合意を達成した。
(結果)恣意的に保険料をおおむね引き上げ、かつ地震特約に係る保険期間を1年として、令和4年更改契約を締結した。
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これら4件の概要から、①カルテルの要件である「意思の連絡」を、LINE・カラオケ店での会合などで堂々と行っていたというコンプライアンス意識の低さ、②代理店も意志の連絡に加担した点から、業界全体に浸透していると思われるカルテル体質が明らかとなった。また、全国で行われる共同保険の組成は現地で担当する代理店と協働して進められることがほとんどであるから、ほとんどのカルテルには例2のJOGMECの例のようにあるように代理店を介した意思の連絡がほとんどであるという。
[1] 公正取引委員会 損害保険会社らに対する排除措置命令及び課徴金納付命令等について(審査概要)(2024)
[2] 共同保険の引受担当同士の接触は原則許可が無いとしてはいけない。
②に続く