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天神さん

菅原道真(スガワラノミチザネ)
非常に頭が良い大臣だったと伝わる。

藤原時平の陰謀によって大臣の地位を追われ、大宰府へ左遷された道真は失意のうちに没した。
道真が不遇の死を遂げた後に、疫病がはやり、日照りが続き、また醍醐天皇の皇子が相次いで病死した。
清涼殿が落雷を受け多くの死傷者が出た(清涼殿落雷事件)
災害が相次いで起こったため、人々はそれが道真の祟りだと恐れ、それらを鎮めるために天神として祀ったのが今の天満宮。

道真臣下の味酒安行が天満大自在天神(てんまんだいじざいてんじん)という神格で祀った。


道真の神霊に対する信仰が天神信仰として広まった。
天神(道真)を祀る神社は天満宮、天満神社、天神社、菅原神社、北野天神社、北野神社などという名称で、九州や西日本を中心に約一万社ある。
西日本は瀬戸内沿いに天満宮が多い。

菅原氏が代々学者の家系であったことから、幼少の頃より学問を好んでいたため、天満宮に祀られた後、学問の神様として定着した。

寛平九年七月三日、醍醐天皇が即位
父帝(宇多天皇)の訓示「寛平御遺誡」を受けて藤原時平・菅原道真を左右大臣とし、政務を任せる。
延喜格式、国史『日本三代実録』や『古今和歌集』の完成など、天皇自身がリーダーシップを取って政治・文化の振興に努めた醍醐天皇の治世は後世に理想の時代とされた。

昌泰4年1月25日(901年2月16日)、左大臣藤原時平の讒言を信じた醍醐天皇が右大臣菅原道真を大宰員外帥として大宰府へ左遷し、道真の子供や右近衛中将源善らを左遷または流罪にした。

道真公の死後、祟りにより天皇1人・皇太子2人・右大臣1名の高級貴族が死亡
道真が亡くなった太宰府には先に醍醐天皇の勅命により藤原仲平によって建立された安楽寺廟、のちの太宰府天満宮で崇奉された。

菅原一族追放については「聖代の瑕」とされ、天神信仰説話である『日蔵夢記』では醍醐天皇崩御後、菅原道真を陥れた罪、父である宇多天皇に背いた罪などとして、地獄へ落とされ臣下共々罰をうけているとされる。

讒言(ざんげん)
他人をおとしいれるため、ありもしない事を目上の人に告げ、その人を悪く言うこと。

御神牛
天神さまには臥牛の石像が奉納されています。
「先を急がず、一歩一歩着実に物事を進めるのが吉」
天神さまにとって牛は神のお使いです。
北野天満宮や太宰府天満宮には牛の石像が多く、境内の牛は「撫で牛」とよばれ、いつの頃からかその身体を撫でるとご利益があるといわれる。

蝸牛
目が赤い理由は、菅原道真公のお供であった牛が「瞬きもせず一心に道真公を待つあまり目が真っ赤になった」「参拝客の願いを徹夜で聞いてくれるから」などの伝説もある。

菅公聖蹟二十五拝(かんこうせいせきにじゅうごはい)
京都から九州(太宰府)まで菅原道真を祀る天満宮の中から、由緒深い25社を選んで順拝する風習である。
第1番
菅原院天満宮神社
京都府京都市上京区烏丸通下立売下ル堀松町408
第2番
錦天満宮
京都府京都市中京区新京極通四条上ル中之町537
第3番
菅大臣神社
京都府京都市下京区仏光寺通新町西入ル菅大臣町187-1
第4番
吉祥院天満宮
京都府京都市南区吉祥院政所町3
第5番
長岡天満宮
京都府長岡京市開田天神2-15-13
第6番
與喜天満神社
奈良県桜井市初瀬14
第7番
威徳天満宮
奈良県吉野郡吉野町吉野山 金峰山寺
第8番
道明寺天満宮
大阪府藤井寺市道明寺1-16-40
第9番
佐太天神宮
大阪府守口市佐太中町7-16-25
第10番
大阪天満宮
大阪府大阪市北区天神橋2-1-8
第11番
露天神社
大阪府大阪市北区曾根崎2-5-4
第12番
福島天満宮
大阪府大阪市福島区福島2-8-1
第13番
長洲天満宮
兵庫県尼崎市長洲本通3-5-1
第14番
綱敷天満宮
兵庫県神戸市須磨区天神町2-1-11
第15番
天神社
兵庫県明石市大蔵天神町8-2511
第16番
曽根天満宮
兵庫県高砂市曽根町2286-1
第17番
大塩天満宮
兵庫県姫路市大塩町汐咲1-50
第18番
滝宮天満宮
香川県綾歌郡綾川町滝宮1314
第19番
御袖天満宮
広島県尾道市長江1-11-16
第20番
厳島神社天神社
広島県廿日市市宮島町1-1
第21番
防府天満宮
山口県防府市松崎町14
第22番
綱敷天満宮
福岡県福岡市博多区綱場町5-7
第23番
太宰府天満宮
福岡県太宰府市宰府4-7-1
第24番
上宮天満宮
大阪府高槻市天神町1-15-5
第25番
北野天満宮
京都府京都市上京区御前通今出川上ル馬喰町

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