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怪奇幻想歌劇「笑う吸血鬼」の辺見外男と2人の役者

ただの比較を駄弁るだけです。

 高本学という役者を追いかけて行った舞台だった。ちょうど年末は実家のある大阪に帰省するし、と原作も知らずにチケットを取った。
 STANDARD BOOKSTOREで笑う吸血鬼の原作を買うとブロマイドがもらえるというフェアがあったので、原作を買った。読んだ感想は、なるほどね、だった。

 高本くんが演じるのは辺見外男というキャラクターだと告知されていたのだが、ビジュアルを比べて笑い転げた。ただの高本くんだった。他のメンバーは皆原作のキャラクターを忠実に再現していたのに、外男だけが短髪でなく、なぜか青いパーカーを羽織っている(これは後日確認したら漫画内で外男が夜に出かける時にパーカーを羽織っているのでそういう衣装にしたんだな、と納得した)。学生服を着た高本くんを眺めながら、そういう舞台もあるんだなぁ、などと思ったりした。
 原作の感想を付け加えるなら、個人的には嫌いではないが、何度も読み返すほど特別好きでもない。ただ登場人物の中では一番辺見外男が好きなので、高本くんの演じる外男くんが早く観たいな、と思った。
 と同時にヘタミュで知った高本くんは、私の大好きなプロイセンを演じていた。けれど今回は全く知らない、そこまで好意のないキャラクターである。高本くんが演じていたプロイセンが好きだったのか、プロイセンを演じた高本くんの演技が好きだったのか、見定めるとまではいかないが、それに近い気持ちになっているような気がして、なんとなくそれが開演を待つ当日の私の気持ちを重苦しくしていた。

 結果だけ述べると、私は高本くんの演技が好きだった。そしてそれ以上に笑う吸血鬼という世界にどっぷりとハマった。美しいのだ。人の醜さや葛藤や自分勝手さが多分な話である。けれど美しいのだ。陰鬱とした、妖しくも手を伸ばしてしまいそうな美しさが世界を形作っていた。
 高本くんの演じる外男は、原作の外男とは全く違った。舞台版外男と言った方が近い。中学生男子感が強く描かれたキャラクターだった。一番驚いたのは花火大会の日、ヒロインの留奈ちゃんを一緒に見ようと誘う場面。原作では外男は呼び止めてきた留奈を一度無視しようとして、ふと気が変わったように彼女の顔を見る。
「花火がよく見えるビルがある。そこに行かないか?」
 彼は至って冷静だった。作者が「酒鬼薔薇事件」の犯人である少年をモデルに描いただけあって、どこか狂気的で、冷静さが目立ったキャラクターだった。けれど舞台版の外男は留奈ちゃんを前に「あ、あのっ、!」と吃る。目も合わせられないようで、下を向いたままビルへと誘う。そして留奈ちゃんの返事も聞かず、おどおどとした手つきで彼女の腕を掴むと、半ば無理矢理ビルへと向かっていく。クソ隠キャ童貞男子だった。狂気さとは? そもそもその場面の前に、同級生たちが男女で仲睦まじい様子を見、「俺も女の子と喋りたい!!」と叫ぶシーンがある。原作では一言も言っていない。そういう思いを抱いてそうな描写はあるが、彼は学校では常に表情を崩さず、通知表に協調性がないと書かれるほどクラスでも浮いていた。けれどそれをどうにかしたいと思っている素振りもない。そういうキャラクターだったから、そんな胸の内を叫ばせたことにビックリした。
 上演前半は燃え盛る炎を見て高笑いをする場面もあって、狂気性がある。が、後半、火傷を負った少女に出会って高本外男は正気に戻る。自分の犯した過ちの重さ。母親の言葉。死。そこにきて母親に自分の犯行を記した日記まで読まれ、帰る場所もなくしてさまよう内に、自身の憧れだった吸血鬼に辿り着く。耿之助にすがる外男にもはや狂気はない。苦しそうに笑って、俺を仲間にしてくれと頼む。恐らくこの現実から逃げるために。今の自分と違う存在になれば、きっと何かが変わると信じてすがる。断られたことにもどこかわかり切ったような顔で笑う。そうして最後は自分が火を放った館に飛び込む。彼は中学生だった。登場人物の誰よりも、子供らしくなっていた。自分は数多大勢の人間とは違う、自分だけが何かを成し遂げる特別な存在――吸血鬼なのだと信じて、そしてそれが間違いだったと気付いてしまった、ただの平凡な中学生だった。

 千綿外男は、彼ももちろん中学生だった。けれど千綿外男は、原作の外男に近かった。狂気を全面に押し出した、高本外男とは全く違った外男だった。
 そもそも千綿くん自身が高本くんの演じた外男とは違った、更に魅力的な外男くんを、と言ったように、高本外男との違いに固執したような外男だった。それを初めて見たとき、めちゃくちゃに苦しかった。何もかもを高本外男と比べているような、比べられないような外男にしようとしているように思えた。千綿くん自身の演技が伸び伸びできているのだろうかと、全く関係ない場面で泣きそうだった。どれだけ狂えるのか、狂気的に見せれるのか、そこに焦点を当てたような印象だった。
 実際、留奈ちゃんの死体の耳元から太ももまで舐めるように頬でなぞるのがめちゃくちゃ気持ち悪かった。足をゆっくりと撫で、太ももにあるコウモリの命彫に気付くシーンはマジのマジで気持ち悪すぎて二度ほど嘔吐きそうだった。
 彼は高本外男と同様に、火傷の少女に出会ってハッとする。けれど母親との会話や死を考えて、それでも千綿外男は完全な正気には戻らない。そうか、死にきれずに生き残る場合もあるのか、という気付きを得ただけのような気がする。そういう純粋な狂気が、千綿外男の表面にあった。

 千綿外男も、分かり易いくらいの隠キャ童貞っぷりで留奈ちゃんをビルに連れて行く。しかしそこでも高本外男とは違った。ビルの室内に広がるおびただしい血に気付いた二人、思わず吐いてしまう留奈。けれど外男は吐かない。背中を向ける留奈を見下ろして、そっと自身のベルトのバックルを外す。
 高本外男は、完全に衝動的だった。好奇心と、恐怖。彼は恐らく原作のように路地裏で犬猫を殺すなどした事がなさそうな、いやきっとない。ただそういう興味や好奇心はあって、それを今ならできるという衝動に突き動かされて実行する。彼のベルトを握る手は震えているような表情だった。ギリギリまで好奇心と恐怖心、自制心がせめぎ合いながら、幼いが故にわずかに好奇心が勝ってしまっただけ、そんな強張った顔で留奈の背後に忍び寄っていた。
 千綿外男は、予定は狂ったが計画のうち、みたいな表情をしていた。ずっと口の端が上がっている。わずかに、笑っている。ようやくこのタイミングと巡り合えた! そんな興奮気味な感情が顔から漏れている。興奮しすぎてちょっとベルトのバックルを外すのがもたついていたのも演技かはわからないがらしくて笑ってしまった。彼はきっと路地裏で犬猫を殺すことに躊躇もないし、恐らくその行動は一、二度ではない。何度も繰り返して、より効率良く息の根を止める手際を、もしくはどれだけ甚振れるのかを探っている。恐らく原作の外男の設定のうち(没案のメモかも知れない。色々探しすぎてちょっと情報が混沌としてます)犬猫の後は小学生低学年の男子を殺すのだろうな、と素直に思えるような外男だった。だから留奈の事を殺めたシーンも、そうだろうな、と納得できた。きっかけと、タイミングさえ合えばいつだって行動に移せるのだろう狂人だった。
 千綿外男は終盤、耿之助と留奈に対面しても笑っていた。笑い転げたあと、俺も吸血鬼にしてくれェ、と耿之助の足に縋る千綿外男は救いを求める高本外男とは真逆。ただただ純粋に、吸血鬼になりたそうだった。
 苦しそうに息を吐く、その一つの演技でも、高本外男は間違えた事への後悔、生きることが辛い、このまま罪を背負って生きていたくない、という苦しさだった。千綿外男は思い通りにならない現実を、自分の欲望を突き通せば世間から排他される世界を呪っていた。自分は正しい、そう信じて、それを証明する手段に吸血鬼になろうとしている。耿之助に断られた外男は固まって、小さく笑い出す。笑いながら、お前もか、と言いたげに立ち上がって、炎の中に飛び込んでいく。あぁ、この外男は、きっと生まれつき正気ではないのだ、救われないのだ、と泣いた記憶がある。当時の殴り書きのメモにそればっかり書いていたから、よほど高本外男との違いに衝撃を受けたのだろう。同じ世界、同じ人間を演じているのに、それほどまでに外男というキャラクターは違っていた。どちらが良い、という話ではなく、どちらも違ったがけれど確かな外男くんだったのだと、大阪と東京で出会った二人の外男がもっともっと好きになった。

 ここからは余談だが、東京公演の千秋楽中盤、「もう僕に帰る場所はないんだ……!」と千綿外男が捌けた後、ガシャン! と金属音が僅かに聞こえた。たまたま席が前方左端だったので聞こえただけかも知れないが、それが凄く不安になった。千綿くんが転けたのかな、何かにぶつかった? だって場所は違えどそんな音が鳴ったことなんてなかったし、裏で何かアクシデントがあったのかな?

 最後まで外男は出てきた。耿之助と留奈が月(舞台のセット)の前に立ち、落ちた照明が拍手と共に点く。キャストが全員出てきて、けれどそこに外男の姿がなかった。泣きそうだった。舞台の上で皆が少し困惑気味に目配せあって、主演の大原海輝くんが挨拶を始める。一人一人が思いを吐き出して、でも誰も千綿くんに触れない。恐怖だった。アナウンスが半ば無理矢理終わらせようとしていたが、ダブルカーテンコールが行われた。が、千綿くんについて誰も明確なことは何も言わず、やんわりと濁すように何か言っていた気がする。皆が捌けたあと会場が明るくなる。
 私は泣いた。私は千綿くんの捉えた外男くんが聞きたかった。高本くんの演じた外男とどういう風に変えたのか、どこに一番感情を置いたのか、外男を演じ切ってどうだったのか、彼の口から、彼の言葉で聞きたいことがいっぱいあって、でもそれ以上に生きててくれと思った。当然生きているのだが、外男は最後炎の中に走っていく。生死は観客に委ねられる。
 普通に走って逃げただけでしょ、という人もいたし、消えた後に炎の音が大きくなったから死んだんじゃない?という人もいた。
 高本外男は、多分生きていそうだった。炎の中に飛び込むも、死に切れず全身に酷い火傷の痕を残しながら、それでも死んだ目で生きている。罪を背負わされていくと思っていた。それは総合的な(?)判断である。二時間と少しの世界を覗いて、こいつはこういうタイプだから多分生きているだろう、という希望的観測だった。
 が、千綿外男は炎の中から出てこない。終わっていないような気がしてならなかった。皆の幕が降りても、彼だけはまだあの世界で一人炎に巻かれているような気がして、お前そんなとこまで協調性がなくても、と泣きながら劇場を出た。駅に向かいながら何度も振り返ってみたけど、当然千綿くんはいない。
 忘れもしない二十二時、千綿くんがツイッターを更新してくれた。怪我をしてしまいカーテンコールに出られなかった事を何度も謝っていた。私は泣いた。一人ご飯を食べながらアホみたいに泣いた。生きてた!! と叫んで踊り出しそうだった。家なら踊ってた。それくらい嬉しかった。帰りの夜行バスの中で悪い芝居の山崎さんが千綿外男について呟いてくれた。めちゃくちゃ泣いた。
https://twitter.com/ymzk_akr/status/988084412049801217?s=21
 外男が、あの外男くんが最後は皆と笑い合えていたことがめちゃくちゃ嬉しくて、とても幸せな気持ちで眠れた。ただそれだけの余談だった。

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