学生よりタンパク質の方が身分が上だった話
僕が大学院の頃にいたラボは、タンパク質の研究をするラボだった。研究したいタンパク質を、くる日もくる日も精製しまくる、ゴリゴリの体育会系のラボだった。
タンパク質を精製する時は、うんと冷やさないといけない。温まるとタンパク質が分解されやすくなるからだ。でも、タンパク質にとっては氷も敵なので、凍らないようにタンパク質は4℃前後の温度にしっかりと保ったまま、精製を進める必要がある。
精製に使う装置も、しっかりと冷やす必要がある。装置だけを入れて冷やす専用の冷蔵庫みたいなのを使うラボもあるけど、僕たちのラボでは低温室を使っていた。部屋全体が4℃に冷やされた低温室に装置を設置しておき、精製に使う器具類もその中でしっかりと冷やしておく。そして学生たちはうんと厚着して低温室に入り、精製に取りかかるのだ。
精製には何時間もかかる。その間、学生たちは低温室と常温の普通の実験室とを何度も往復する必要があった。これはかなりキツい。20代の元気な学生たちでも、温度差にやられて体調を崩してしまう。でも、かまってられなかった。目的のタンパク質がそのはたらきを保って元気なまま精製されてくるように、つまりタンパク質にとって快適な状態を保ったまま精製が進められるように、細心の温度管理が必要だったのだ。
人間にとっての快適さより、タンパク質にとっての快適さの方がはるかに優先されるこの状況を皮肉って、学生たちは自嘲気味に、
「オレらより、タンパク質の方が身分が上だ。」
と言いあっていた。
そして僕らのタンパク質を、「お犬様」になぞらえて、
「おタンパク様」
と呼んでいた。
そしてこんな冗談を言いあい、笑いあいながら、学生たちは真剣に研究に取り組んでいた。
いいラボだったと思う。