私の性癖を構成する5つのマンガはこれだ
「私を構成する5つのマンガ」というお題にのっとり、真剣に選んだ結果、とんでもない自分自身の性癖を暴露する結果になってしまった。
どうやらわたしは「傷ついた少年が友情や愛によって救われていく話が好き」のようだ。そんな自分自身でも気が付きながらも見てみぬふりをしていた性癖の裏付けをこれから語るので、わたしと同じような性癖を持った諸君にはぜひ最後までお付き合いいただきたい。
1『日出処の天子』山岸涼子(花とゆめコミックス 全11巻)
わたしが人生で初めて読んだ本格的なマンガが山岸涼子先生の『日出処の天子』である。1980年〜1984年の『LaLa』で連載され、1983年には第7回講談社マンガ賞少女部門を受賞している名作中の名作だ。古い作品だが、小学校低学年のときに同級生の母親の蔵書にあったものを読みふけっていた記憶がある。
時は飛鳥時代、厩戸皇子(のちの聖徳太子)と蘇我毛人(蘇我蝦夷)を中心に、厩戸皇子が少年から摂政になるまでを描いている。歴史に興味を持ち始めていたわたしは、『マンガでよくわかる日本の歴史』程度の内容を想像して読み始めた。しかしなんと主人公である厩戸皇子は超能力を操る天才でありそして同性愛者として描かれていたのだ。蘇我毛人を盲信的に愛し、政治的策謀をめぐらし摂政にまで上り詰める厩戸皇子は、嫉妬深く、目的のために手段を選ばない。学校の授業で習う聖徳太子のイメージからは想像を絶する解釈違いであった。
しかし、非道にもみえる厩戸皇子はその超常的な力を実の母に恐れられ、周囲にも本来の自分をみせることなく孤独に生きており、毛人にも受け入れられることがないまま権力の中枢に鎮座する。物語の最後まで孤独のなかにひとりきりの厩戸皇子をだれか抱きしめてあげて…と思わずにはいられない。10歳にも満たない少女であったわたしは意味もわからないままに、厩戸皇子の人生に強烈な印象を刻み込まれたことは言うまでもない。
衝撃的な初めてのマンガ体験をした訳だが、ここからわたしの性癖街道が始まったのだ。
2『風と木の詩』竹宮恵子(週刊少女コミック 全17巻)
『風と木の詩』は大人になってから読んだマンガだが、連載時期は1976年〜1981年と古い作品で、第25回小学館漫画賞少年少女部門を受賞している。
19世紀末のフランス、アルルの寄宿舎で繰り広げられる少年たちの物語である。今で言うボーイズラブに当たる本作は、思春期の多感な少年たちの、友情や愛憎、嫉妬など多くの登場人物の想いを少年愛の世界観ならではの耽美なタッチで描いている。
主人公であるジルベールは14歳にして少女のように美しく多くの男と関係を持つ貞操観念の極めて薄い少年という設定なのだが、実際は実の父親からの愛に飢えた末の行動であることが物語を追うごとに分かってくる。もう1人の主人公であるセルジュは正義感からジルベールを更生させようとするのだが、当のセルジュも生い立ちから孤独を抱えており、ジルベールとの関わりから自分自身の闇と向き合っていくことになる。
こちらも前出の『日出処の天子』に負けず劣らずの大作だが、本作のみどころはなんといっても性愛。そして憎しみを生む心の弱さとそれに立ち向かう人間の強さをたくさんの登場人物を通じてしっかりと描ききっているところだ。
そんな緻密で重厚なストーリーを土台に翻弄されていくジルベールとセルジュの行き着く先を見届けたあとはしばらく抜け殻になってしまうだろうから、読む時期は考えたほうがいい。ジルベールの抱える闇と孤独は救われたのだろうか?寄り添ったセルジュの人生は幸せだったのだろうか?そんなことを永遠に考え続けてしまうからだ……。
わたしは案の定、見届けた後2ヶ月ほど立ち直れなかった。突然涙を流しはじめたりしていたせいで会社から心療内科の受診を進められたことは今では良い思い出である。
3『BANANA FISH』吉田秋生(フラワーコミックス 全19巻)
2018年にアニメ化がされたことで、知ることとなったハードロマンの名作がこちら。出会いは遅かったものの、ハマりたての頃に勢い余って紹介記事を書いたこともあるほどに大切な作品だ。
案の定と言うか、実際の連載時期は1985年〜1994年ということで、もはや古いマンガが好きという嗜好もだんだん隠せなくなっていることは気が付かないふりをしてほしい。一応まだ20代のおとめなのだ。
幼少時から性的虐待を受けて育った主人公アッシュは天才的な頭脳と戦闘能力、その美貌からNYダウンタウンのストリートキッズをまとめるボスとして、日々抗争の中に身を置いている。とある薬物をめぐり、自分を蹂躙してきた大人のひとりであるマフィアのボスを相手に自身の尊厳を掛けて戦うアッシュの生きた記録、それが『BANANA FISH』だ。
そんなアッシュの伝記に頻繁に登場する日本人の青年 英二。怪我で引退するまでは棒高跳びの有望選手であった英二もまた逃げるように日本を脱出しNYに来ていた。まったく生きる世界の違う2人は出会い、英二はアッシュの唯一無二の親友となっていく……。
もうここまで書いてすでに涙でパソコンの画面が見えなくなってきた。
そのカリスマ性から一方では盲目的に崇拝され、一方で圧倒的暴力によってねじ伏せられてきたアッシュの生い立ちは孤独としか言いようがない。読み返すたびに「アッシュを助けてやってくれよぅ英二ィ!」と叫び散らかしてしまうのはきっとわたしだけではないはずだ。
前述の『風と木の詩』同様に、読み終えた後の喪失感がひどいので、長期休暇に読むことをオススメする。アッシュの人生は幸せだったのだろうか?英二は救われるだろうか?答えが出る時はこの性癖から卒業するときなのかも知れない……。
4『ゴールデン デイズ』高尾滋(花とゆめコミック 全8巻)
さて、お次は大正ロマンの友情物語だ。連載時期は2005年〜2008年で、4作目にしてようやく2000年代に突入である。
過保護な母親に育てられた反抗期真っ盛りの主人公 光也は、心の拠り所である祖父から「時を戻してでも、助けたい友人がいる」と告げられる。その直後、危篤状態となった祖父を見舞う途中で突然意識を失う光也、目が冷めるとそこは大正時代。右も左も分からない光也に手を差しのべるのは、まさに祖父の助けたい友人、仁 そのひとであった。後悔をのこす祖父の代りに、孫は歴史を変えることが出来るのか?謎解きあり、家族愛あり、友情あり、コメディありという王道のタイムスリップものである。家族との確執を共に乗り越え、友情を育んでいく光也と仁が時代を隔ててもなお、互いの幸せを望み続ける姿には涙を禁じ得ない。
実を言うと、『ゴールデン デイズ』を読んだことで長らくトラウマになっていた『BANANA FISH』の傷が癒えた。『BANANA FISH』はアニメもマンガも読み返せていなかった。正確には何度も読み返しに挑戦していたものの、途中で辛くなって読み進めることができなくなるのだ。しかし『ゴールデン デイズ』のおかげでその感情が和らぎ始めた。
まさか別の作品で受けたトラウマをまったく関係のない作品で癒やすことになるとは思わなかった。一生読み返せないのかと絶望していたのだから、どんなきっかけで心が救われるのか分からないものだ。「光也は仁だけでなくわたしの心も救いよった……!」
そうつまりは、『ゴールデン デイズ』は人の一生とは?救いと何か?を問いかけてくる傑作なのだ。
5『ワンルームエンジェル』はらだ(onBLUEコミックス 全1巻)
2018年にボーイズラブレーベルから発行されたのだが、ボーイズたちがラブするシーンはほぼ皆無。職なし趣味なし友だちなしの人生投げぎみの30代ヤカラ 光紀と、ある日突然舞い降りてきた人間の感情に共振する記憶喪失の天使の人生やり直しストーリーである。もはや主人公が少年でなくなったというツッコミはご遠慮願いたい。
光紀が人生を投げる理由になった過去と、記憶のない天使が光紀の元にやってきた理由を紐解き、前に進んでいくために心を通わせていく過程が描かれている。
全1巻の短いストーリーなので、あらすじを深く語ることはやめておくが、どん底にあっても人間は何度でもやり直すことができると教えてくれる。
そして人は大切な誰かの幸せを願うことで、自分自身を救うことができるのだと、これまで何百冊と似た構成のマンガを読んできたにもかかわらず性懲りもなく感動するのだ。
BLレーベルと侮るなかれ、全日本国民いや全地球人に読んでもらいたいマンガである。
以上が私を構成する5つのマンガたちだ。
飛鳥時代から平成まであらゆる時代と国を舞台にした「傷ついた少年が友情や愛によって救われていく話」を紹介できたと思う。わたしの性癖にも疑いようがなくなったことだろう。
そしてこれからも「傷ついた少年が友情や愛によって救われていく話」を求め生きていくことだろう。
そんな人生も(かなり)悪くない。
編集:アカ ヨシロウ
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