恋したことある全人類が共感できるBL小説
『美しいこと(木原音瀬 著)』は2007年に蒼竜社から出社されたボーイズラブ小説だが、講談社から2013年に文芸小説として、2020年に漫画として出版された人気の高い恋愛小説である。
(あらすじ)
週に一度女装して街に出て、男達の視線を浴びるのを趣味にしているサラリーマン・松岡。しかし女装時にナンパされてさんざんな目に遭う。その場を救ってくれたのが、同じ会社の冴えない先輩・寛末だった。不器用でトロいと悪評の寛末と女と誤解されたまま逢瀬を重ねてしまう松岡。ついには恋の告白を受ける。もう会わない方がいいと決心する松岡だったが……。
主人公の松岡は20代後半の仕事に打ち込む営業マンで、売上成績も良い爽やかな青年。別れた女の残した荷物がきっかけで女装をするようになった。一度で終わらなかったのは、それなりに順調な日々に比例するように表面的な付き合いになっていく同期や学生時代の友人との人間関係にすさんでいく気持ちが抑えられなかったのかもしれない。そんな慰めのような女装趣味は松岡に過酷な経験とともに運命の人 寛末をを引き寄せる。
女装した松岡に男と気づかぬまま想いを寄せる寛末は松岡の会社の先輩だが、互いに面識はない。松岡とは別の部署で総務を担当しているが、仕事が遅いため松岡の同期でもある上司からの評価はすこぶる悪い。
松岡は同期から寛末の悪評をさんざん聞かされていたせいなのか、そもそも男に興味がないせいなのか、乱暴されたことろを助けられ、一途に求愛されても恋愛感情を抱くことはない。しかし穏やかで裏表のない寛末と接するうちに友人になりたいと思いはじめる。
本来の自分として関係を築いていきたいと考えるうちに、松岡に寛末への恋愛感情が芽生え、女装を解くことなく女として心を通わせてしまう。思い悩んだ松岡は「どんなあなたでも愛する」という寛末の言葉を信じ、ついに自分が男であると打ち明ける。
しかし自分が入れあげていた美女が男だと知った寛末は絶望し、松岡を拒否するのだった。
寛末を愛するまでの心の機微をじっくり松岡視点で読みすすめできた読者は全員「そりゃないよ寛末さん」と嘆き、寛末に振り向いてもらおうと努力しても拒否され続ける松岡に胸が引き裂かれる思いだ。
恋した相手に振り向いてもらえない経験は誰しもある。
自分が自分でなくなってしまうような恋を知っている人ほど松岡の気持ちに痛いほど共感するだろう。
すったもんだしながら恋愛小説として松岡と寛末の関係も一定の結末をむかえる。それはタイトル通り『美しいこと』への答えである。
どうやら恋をするのは一瞬だが、それまでに経る過程は大変壮大らしい。
ちなみに『美しいこと』には続編『愛しいこと』さらなる続編として『愛すること』という短編がある。『愛しいこと』は絶版の蒼竜社版小説にのみ掲載されているので興味があればぜひ古本で探してほしい。『愛すること』は掲載雑誌の特典小冊子として発表されたもので、残念ながら今は流通していない。
死ぬまでに一度でいいから読みたい本である。
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