時間恐竜
僕は、諦めていた。
もうどうしたって遅すぎるのだ。
どんなに急いだところで、間に合いっこない。
深くため息をついて、僕はそれをポケットに入れた。
少しくしゃくしゃになったようだけど、もう必要のないものだ。
もう一度ため息をついたとき、おや?と思った。
背中になにか感じる。
なにかただならぬ気配を感じて振り向いたら、僕の後ろに恐竜がいた。
あれは暴君ティラノサウルス!
そのティラノサウルスが、僕をジロリと睨み付けているのだ。
く、喰われる!
僕は必死に駆け出した。
ドシンドシンとついてくるティラノサウルス。命懸けの鬼ごっこである。
ああ、時間が、時間がないのにぃ~!
人混みを掻き分け、車を追い越し、風のように走った。
道行く人々は皆 何をそんなに急いでいるのだと、不思議そうな顔をしている。
人々には恐竜が見えないらしい。
僕にも、他人の恐竜は見えないようだ。
顔色を変えて走っている人は、皆こんな状況なんだろうか。
しばらく走ると、少し先に見覚えのあるシルエットが。間違いない、彼女だ。
遠くの高校に通う為に、今日 新幹線で旅立つはずの、彼女だ。
「おーい、おーい!」
僕が大声で呼び掛けると、彼女は振り返った。
顔色を変えて、必死の形相で走っている。
「新幹線の時間が…!時間がないのよ…!もう間に合わないから、諦めていたんだけど、そしたら……」
「分かってる、分かってるって!」僕は叫ぶ。「渡したいものがあるんだ!でもいまはとにかく走れ走れ!必ず追いつくから!」
彼女は頷き、前を見つめてペースを上げた。
僕は確かめるように、ポケットの中、彼女の乗車券を握りしめた。