愉快な道経由おもしろおばさん行き 発車
「そうそう、つかださんの他にもう1人美大に通っている子がいるよ」
バイトの面接の終わり際に当時の店長が言った。店長が美大出身なこともあり、おそらく美大生は、美大に通う人と聞くだけで不思議と親しみを覚えることを知っていたのだと思う。
面接が終わり、事務所を出て帰ろうとしていたらバイト先の隣にある雑貨屋さんでシロクマのポシェットをじっくり手に取って眺めている子がいた。なぜかわからないけど「あ、もう1人の美大生は絶対この子だな」と思った。そのときは(なぜか)お互い会釈をしてその場をさったけれど、それから数日後初めてシフトが被り、はじめましてと同時ぐらいでご飯に行こう!となりすぐに飲みに行ったのを覚えている。それが同居人、くるみとの出会い。
バイト時代は実家が近かったこともありバイトが被った日の帰り道にアイスを食べたり、自転車で2ケツして家まで帰ったり、特別遠くに出かけたりはしないちょうど良い距離のバイト先友達だった。
大学卒業とともにバイトも卒業し、疎遠になってしまうかなと思いきやお互い実家を出て暮らしたいし、お金もないからルームシェアを検討していることが発覚した。それに加えて、その頃はまだコロナが得体の知れない恐ろしいウイルスとされていて人と会うことさえままならず、遊んでSNSにアップしたらアウェイになるような状況だったので、家に友達がいれば遊べるじゃん!というなんとも軽率なことをお互い考えていたので、試しに暮らしてみることにした。
近所のモスバーガーに手作りの地図を持ち込み、すみたいエリアに虫ぴんで目印をたて、家に求める条件を洗い出しキャッキャしながら理想の家探しに励んだ。昼ご飯も食べずに内見にいき、限界状態でなか卯に駆けこみ無言でカツ丼を食べ尽くしたこともあった。
結局スーモで見つけた1番面白そうな物件(ベランダが3個もある…!)を内見させてもらい、夜で結構部屋の中が見えなかったけど、なんかいい感じだったので即決し女2人暮らしが始まった。
がらんどうだった部屋も友達からのお下がりやリサイクルショップで家電を集め、ジモティーで家具を揃え少しずつ生活が整っていった。最初はフライパンで焼いてドトールのマークみたいになっていたロールパンも、トースターでこんがりサクッと焼けるようになり、電気ケトルで沸かしていたお湯も赤くてかわいいケトルでこぽこぽ沸かすようになり、冷たかったフローリングは夏はゴザ、冬はふかふかのカーペットになりどんどん暮らしの質が上がった。
実家にいるときは、ただ与えられた部屋や家具、家電でありがたいことに不自由なく暮らしていたけど、自分で暮らしを作っていくと知らなかった好みの生活が見えてきてそれがなんとも面白くてたまらなかった。違う環境で育ってきた友達と暮らすのも、異文化交流のようで楽しいものだった。例えば、私もくるみも実家では白熱灯の下で食事をしていたけど、実はお互いそれがストレスになっていたことに気づき、部屋では暖色の関節照明のみで過ごすことにした。今では白熱灯をつけるとぎゃ~まぶし~っと叫ぶようになってしまった。食事も私の実家ではナス・ほうれん草・れんこんあたりがスタメンでわりかし決まった料理しか食べていなかったけど、くるみが買ってきてくれるズッキーニがとても美味しかったり、私が苦手だから実家では出てこなかったグレープフルーツも、買ってきてくれて恐る恐る食べてみたら実は美味しいものだと知れたり。新しいことばかりだった。
くるみが連れてくる友達はみんな優しくて人懐こく面白い。みんなすぐに話せるようになり、一緒に笑えるようになり2年間で友達がかな~り増えた。年末にはくるみフレンズとお酒を飲みレコ大を見ながら歌がうまい!と笑ったり、千葉までドライブしてお笑いライブを見たり、銭湯の帰りに走って競走したり、お互いの友達を呼んでクリスマスパーティーをしたり。みんな優しくて少し変でとても自由で、大好きになった。何度も眠るのが惜しい夜があった。朝起きたとき隣の部屋から聞こえる話し声と笑い声で、やわらかな気持ちに包まれたのも数え切れないほどあった。
去年、同じアパートに友だちのなかさんが越してきてさらに生活は楽しくなっていった。共通廊下にある洗濯機を回しているときに、なかさんがバイトに行き、行ってらっしゃ~いと声をかけたり、ご飯を作って一緒に食べたり、ゲリラお茶会を始めたり、チャリで銭湯に行ったり、ギターを弾いてみんなで歌ったり。3人とも笑い声が大きすぎていつ苦情がくるんだろうね、と言い合ってまた笑っての繰り返しの日々だった。
引越し当初、笑いすぎてバカになっちゃうと心配してたけど、本当にしょうもないことで笑いすぎてちゃんとバカになってしまった気がする。毎日が楽しくて嬉しくて、仕方がなかった。
喧嘩はなかったのかとよく聞かれたけど、その質問にお互い驚いてしまう。喧嘩なんてしたことがないし、特にイライラしたこともない。当番を決めたりもせず、気になったときに掃除やら買い物やらをしてやってくれた方にありがとう~という。自分がダメな時は相手に頼り、相手がダメな時には自分がやり、お互いダメな時は何もしない。そんなシンプルな生活をしていたら気持ちよく暮らせた。これができる相手もそんなにいない気がしているから、ありがたいな~とつくづく思う。
正直ルームシェアの暮らしは大好きだし、家も最高なのだけど今以上に楽しく暮らすために、一旦解散して下積みをすることにした。留学にいったり、今やっている活動の場を増やしたり(まずはそのための資金を集めなきゃいけないけど…)。お互い気持ちの良い方に流れて愉快な道を進んで面白いおばさんになれたら良いなと思う。
これからどんなことが起きていくのかな、起こしていくのかな。また一緒に暮らす気もするな。何もわからないけど、昨日2人で住んだ家の鍵を渡して暮らしていた家を出発した。