ちいさな歯の話⑦
補助輪なしで自転車を漕げるようになった時、苦手だった逆上がりができた時、バタフライが泳げるようになった時、トランペットで高音が出せた時…。
今まで幾度となく、できなかったことができるようになってきた。そしてそれに伴う喜びや、時には悲しみを味わってきたように思う。
ここ数年を振り返ると、小さい頃に感じた大きな達成感を感じることが少なくなってきて、"うまいこと立ち回れるようになった"とか、"どうにかさせられる力がついた"とか、キラキラしたものではない成長が多くなってきている気もする。
そんな中、このあいだ私は一つ大きな成長をした。
サンドウィッチのレタスを、前歯で噛み切ることに成功したのだ。
「?」と思う人も多いかと思うので説明すると、私の前歯は向上心が強すぎるあまり、ななめ上向きに生えていた。それゆえに25年間上下の前歯が触れることなく過ごしてきた。
前歯が噛み合わないと、当然噛み切ることが大変困難である。
サンドウィッチに挟まれている、マヨネーズや他の具材に潰されてへたったレタスなんて特に凶悪だ。
柔らかすぎるし、大きくカットされているから、挟まっている全レタスが、一口目でズルズルとパンから出てきてしまう。みっともないが、どうすることもできないので、極力外でサンドウィッチを食べるのは避けながら生きてきた。
それがなんと、一口目でシャクっと音を立ててレタスが、レタスが噛み切れた。
私は歓喜のあまり、見ていた有吉の壁を一時停止してレタスを夢中で咀嚼した。
ちょうどそのタイミングで姉が起床し、「泣いてるの?」と声をかけてきた。
私は泣いていた。
もう人前で堂々とサンドウィッチも、ハンバーガーも頬張ることができる。その喜びで、涙が勝手に込み上げてきたのだ。
今は咀嚼が楽しくてたまらない。噛み切るという動作が私にできるようになる日が来るなんて思わなかった。
歯を抜かれ、よくわからないワイヤーをつけられ、たまに締め付けられたりして、なんか上顎にネジが埋まっているがどうやら効果はあるらしい。
矯正、かなりいいじゃないか。