アークナイツ/風俗/マッチングアプリ
九月になったので、そろそろ恋でもするかぁ~~~という気分になった。誰に禁止されていたわけでもない。なんとなく無気力なまま夏が過ぎて、このままじゃいけないとふいに思い立ったのだ。しかしとりあえずは月が替わったのでソシャゲを開いた。アークナイツはこの夏の私を溶かしたゲームであり、九月になって商品ラインナップが復活したりしていた。課金するしかあるまい? 運試しに引いた十連ガチャでサリアという女を引いた。今日一日、彼女の育成に努めた。たいへんよい出だしだ。今月はいいことがあるかなあ。
ふた月、ろくに外に出ない生活をしていた。朝起きてスマホを開きアークナイツのデイリーを消化しそれからあれやらなきゃこれやらなきゃとしているうちに昼過ぎになり、近所の弁当屋で朝昼兼飯を食べてまた夕方まで育成にふけり、酒と飯を買ってきて一日が終わる。読みたい本はたくさんあった。それも後で後でとしているうちに、どうでもいいやとなって、読書? 何ソレ。知らない。本読んだって意味ないし。今ドキ読書とかコスパ悪くない? 金を払えばいくらでもアークナイツは私を気持ちよくしてくれるから、これはたぶん風俗。
風俗、だなんて喩えをしたけれど風俗に行ったことがないのでよくわからない。呼んだことなら一度ある。前の家から現在宅に引っ越す前夜、段ボールだらけのワンルームで、ふいに人恋しくなってデリヘルを呼んだ。シティヘブンを見ました! そう電話口で言って、おしゃぶり姫というところからひとり都合してもらった。アウェイ戦よりはホーム戦のほうがいい。日ハムだってそうだろう? 私自身の調子もある。アウェイ戦で使い物にならなかったらいやだ。ホームなら、なんとなく実力が出せる気がする。姫は二十分で来た。九十分の約束で、私はすぐに果てた。なにが実力だ馬鹿野郎。出したらもうどうでもよくなった。明日は引っ越しで早いのだ。寝たい。一時間ほど、無駄話をしていた。姫は函館出身らしかった。いろいろな生きざまがあるわな。姫は時間通りに帰った。私はすぐ寝た。一万円だった。一万円あれば、アークナイツで五十回ガチャを回せる。しかもそのころアークナイツを始めていたら限定キャラを手に入れられていた。後悔先に立たず。
今こうしてアークナイツに費やしている金や時間も、おそらくはいずれ後悔のひとつになるのだろう。改めて己の人生を省みて、後悔ばかりなのにたまげてしまった。よく今日まで生きてこられたな。鈍感というか面の皮が厚いというかノータリンというか、とりあえずコスパが悪い。あまり育成の価値がない。よっしゃ死ぬかぁ! 自分の誕生日から数えて百日後を調べた。9月23日。秋分の日。大安。とても縁起がいい。この日に逝くのはどうだろう? それはとてもよい思い付きに思えた。Googleスケジュールに自殺と入れた。ゲン担ぎになればいい。
本をいくつか読んだ。魚住直子「非・バランス」は、妙に心に残った。クールキャラを演じて孤立している中学生の女の子が、とあるお姉さんと出会って、自分の生き方を変えていく話。なんとまあ面白い本を私はつまらなく解説するものか。それはともあれ、主人公が出会うお姉さん、彼女が私の気に入ってしまった。まずは彼女は28歳。ドンパじゃん。ドンパってなんだよ。同級生の方言である。ドンパドンパ。ドンパだよ。サラ! 俺も28歳! ドンパ! サラとタメだよ。タメ語でいいよ。サラは本当はやりたい職業があって、けどいざ就職してその役目につけずに鬱屈している。ドンパ! 俺も! 俺もだよ! サラさんデザイナーしてんの? すご!!
ごめんなさい。サラさんがドンパの気安さに、おだってしまいました。サラさんは販売員らしかった。サラは社販で安く服を主人公に買い与える。主人公はサラのおすすめを聞かずに黒い服を選ぶ。後日、着てみると縫い針が服に残っていて、主人公はちょっとケガをする。
後日、その縫い針はサラさん自身が、売り物の服に仕込んでいたものだと彼女自身から告げられる。デザインの仕事に就けなかったという負の感情が、各シーズン、何着かの服に針を仕込んでいき、その一着が主人公にわたってしまう。サラさんは主人公に懺悔して、物語は終わる。かなり省いてはいるが、サラさんの物語はこうだ。「非・バランス」はあくまで主人公たる女子中学生の一人称なので、サラの心情はすべて明かされない。サラは会社にすべて自身の行状を白状するという。おいおい、サラ。明日からどうするんだ? もし食うにも困るなら、俺ん家に来ないか? ホーム戦をしようよ。大丈夫、何もしないから。サラ。好きだよ。LINEやってる? 俺はやってない。アンインストールした。もう傷つくのも傷つけるのも嫌だ。おんなじだね。ドンパドンパ。
それでも九月になるので、いずれ十月になるので、クリスマスを迎えるので、私はだれかと一緒にいたい。このままじゃアークナイツで一年が終わる。出会い系でもするかぁ。でも面倒くさい。一万円課金して、マッチングアプリは3か月くらい保つ。風俗は1抜き。アークナイツは50ガチャ。アークナイツで出会う女性はたいてい対応が丁寧だ。はじめまして、あなたがドクター? そうだよ、ドクターだよ。低収入低学歴低身長の3Tドクターだよ。あなたがドクター? えーっと……うーん……想像とちょっと違うけどまぁいいや。それじゃあドクター、これからよろしくお願いしまーす! こちらこそよろしく、ソーナちゃん。これがマッチングアプリだとどうだ。はじめまして。昨夜と申します。マッチングありがとうございます。これからやり取りできたらうれしいです。相手からの返信はない。風俗なら? あ、ちょっ、あ、ごめんなさい、いきます。相手の反応はない。アークナイツは基地でおさわりもできるしアプリ起動時に挨拶もしてくれる。やらしいゲームだ。
ほんとうはね、ほんとうは、まっとうに生きていきたかったんだよ。
かねてからの趣味の読書も消えて、私はまったく何もない、どうしようもない袋小路の、高い高い壁に阻まれて、退くこともできずずるずる今この時を浪費する、木っ端のにんげんになり果てた。あるいはあの時ああしとけばと思うことがないわけではないけれど、たいして役に立たないだろう。最適解の最適解を重ねていって、こうなるよりほかになかったと、捨てきれない自尊心のために思い込むことにしている。まあまあ生き永らえたほうじゃないか? 九月はいちばん無情な月。果たせなかった夏の延長線。
今年はそういえばまだフジファブリック「若者のすべて」を聴いていない。あれを聴かなきゃ夏が終わらない。youtubeで聴いた。若者を過ぎた私に、そして響いた。夏の終わりに必ず効く。安っぽい己だ。百も承知だ。歌に慰められて、しかしそこからどうなるわけでもない。これからまた誰かに出会えるかな。出会えないよな。へたくそなパロディ。私は私なりのことばを見つけようとした。私なりの生活を織ろうとした。その果てのぶさいくな刺繍。ししゅうはどこですかと聞いて刺繍のコーナーを案内された詩があった。茨木のりこだった。私は征矢泰子の詩が好きだ。「不条理」と題された詩は特に好きだ。その末尾。
征矢泰子は58歳でその生をみずから絶った。早すぎると思う。