PERCHの聖月曜日 125日目
「まりさん、どこへいままでいっていなさいました? みんなが、毎日、あなたを探していましたよ。」と、ぼけは、なつかしげにまりをながめていいました。
まりは、この地上のものを美くしく、うれしく思いました。なぜ、自分は、この下界を捨てて、空の上などへ、すこしの間なりとゆく気になったろう。もう、これからは、不平をいわずに、みんなといっしょに暮らすことにしようと思いました。
子供たちは、どうしてもフットボールのことを思いきれませんでした。そして、またやぶの中へ探しにきました。彼らは、思いがけなくまりを見つけたのであります。
「あった! あった! まりが見つかったよ。」
「おうい、フットボールが見つかった!」
「みんな、早くおいでよ。」
その日から、広場で、前のようにフットボールがはじまりました。子供たちは、その当座は気をつけてまりを大事にしました。
しかし、いつのまにか、また乱暴にまりを取り扱ったのであります。なんとされてもまりは、だまっていました。
こうしているうちに、まりは、もう年をとってしまいました。はね返る元気もなくなれば、不平をいったり、逃れようとする勇気もなくなってしまいました。子供たちのするままになって、終日外へほうり出されているようなこともありました。
空の雲は、まりが疲れて、広野にころがっているのを見ました。雲は、あわれなまりを、気の毒に思ったのであります。もし、二度と空へくるような気があるなら、つれてきてやろうと思って、雲は、だれも、人のいないときを見はからって、空から降りてきました。
「もし、もし、まりさん。」と、雲は呼びかけました。しかし、耳も遠くなって、目のかすんだまりは、せっかくの雲の呼び声にも気づきませんでした。雲は、哀しそうに去ってゆきました。
ーーー「定本小川未明童話全集 4」講談社,1977(昭和52)年
https://www.aozora.gr.jp/cards/001475/files/52963_46831.html