とうもろこし弁当

 やっぱりこれにする、と妻が持ってきたのはとうもろこし弁当だった。華奢な細長い容器に貼ってある値札には他の弁当と同様、520円と書いてあった。私がため息をつきながら買い物かごに入っていた彼女の唐揚げ弁当と交換すると、妻は弁明を始めた。
 私、とうもろこし弁当って初めて見たの。あなたは今までの人生で見たことある? とうもろこし弁当。ご飯の上にたくさんのった黄色がすごくかわいいでしょ? そのうえ大きな唐揚げに卵焼き、鯖の切り身まで一個ずつ入ってるの。最後にこんな素敵なお弁当に出会えるなんてスーパー中を歩き回った甲斐があったわ。
 いくら家族になったからといって君の昼ごはんの内容にまで口出しをするつもりは全くないけれど、と前置きをしてから私は話し始めた。たしかに白ご飯の上にとうもろこしがまぶしてあって綺麗だとは思う。ただ少量だし粒も小さい。とうもろこしだけをぎゅっとまとめれば一口にも満たないよ。その黄色だって実のところご飯の白を背景にするから綺麗に見えるだけで、本物の黄色と比べるとそこまで黄色ではない。少し黒ずんでいる。
 妻は私自身ではなく、言葉が出てきた私の口元だけを見つめながらゆっくり言い聞かせるように言った。でも、私、とうもろこしのこと好きなの。
 私もとうもろこしのことは好きだ。なにせ北海道育ちだからな、君も知っての通り。別にとうもろこしのことを悪く言いたいんじゃない。というかこの場合とうもろこしは全然悪くない。むしろよく頑張っている。だが「とうもろこし弁当」という看板が明らかに重荷なんだ。問題なのは、この小粒で黒ずんで全く元気のない可哀想なとうもろこしに看板を背負わせた人間がいるってことだ。つまりーー私が言いたいのは、これは結局小さな唐揚げ弁当なんじゃないかってことだ。
 ずっと私の口元を見つめていた妻は、今やその一言一句を聞き漏らさないように、二つある内でもより聴力の高い右耳の方を、私の口元だけに向けて見たことのない角度で傾けていた。
 本来これは唐揚げ弁当なんだよ。とうもろこしの粒をまとめて端に寄せて、メインの立場から下ろして副菜にするだろ? その代わりに元々隅にいた大きな唐揚げを中央に持ってくる。すると主食はシンプルな白ご飯、主菜は唐揚げ、副菜として小さな鯖の切り身とコーン。そうなんだ、メインを降りるととうもろこしはコーンになるんだよ。おい! みんな見てみろよ! なんてことはない普通の唐揚げ弁当じゃないか! 一体何が起きてるんだ⁉︎ そう、これは元々唐揚げ弁当であるべきだったんだよ。でも、となるといくら大きめとはいえ唐揚げが一個じゃ物足りないだろう? 仮に一個だけならばもっともっと大きくなければ。つまり君が言っていた大きな唐揚げは、実は小さな唐揚げだったんだ。「店長、この小さな唐揚げ弁当全然売れませんね」「そうだな、やはり唐揚げを大きくしなければな」「いや店長、唐揚げを大きくするのは待ってください。まだ我々にやれることはあります。あえて唐揚げを中央から退げてみては」
 気づけば妻の耳は通常の位置に戻っていた。私の手から買い物かごを奪うとレジの方にまっすぐ歩き出した。
 家に帰るとレジ袋からとうもろこし弁当が二つ出てきた。私が元々かごに入れていたはずの焼肉弁当の大きな正方形の容器は、細長い長方形の容器に変貌していた。私は小さい頃から長方形が苦手だった。長方形を見ているとひどく不安な気持ちになるのだ。正直にそう伝えると、妻は冷たく返事した。あなたはいつも頭で食事してるからよ。たまには口で食事なさい。
 長細い透明の蓋を開け、箸を使って数え切れないほどの白米の粒と、数え切れる量のとうもろこしの粒を慎重に口に運ぶ。しゃき、しゃき、しゃき。数粒しか口に入っていないはずのとうもろこしが数に似合わぬ派手な音を立てる。やがて目前の白い背景の中に濁った黄色が一粒も見当たらなくなってからしばらく経っても、口の中では依然として同じ音が鳴り続けた。しゃき、しゃき、しゃき。

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