20241025-01 悪意ある「切り取り」にだまされないために
前回の記事から少し間が空きました。さぼっていたのではない。いろいろとインプットに費やしたからだ。と言い訳しておきます。
その間にも読んでくださる方、「好き」という履歴を残してくださる方がいらして励みになりました。嬉しいです。
さて、今日は「忘れずにいたい」ことがあって備忘録を書いています。それは、タイトルに書いた「悪意ある切り取りにだまされないために」というものです。
先日こんなことを書きました。それにつながる話です。
昨日、24衆院選に候補者を出しているとある政治団体(というだけで、どこかわかりますね)の街頭演説に行きました。そこで思ったことなのです。
私自身は特定の支持政党がない、いわゆる無党派といわれる層の末端構成員です。ですから、毎回の選挙では候補者の主義主張の是々非々を真剣に検討して投票します。是々非々を検討するためには、政見放送という手段があるのですが、政見放送には字幕がありませんから見たくても見れない(この問題についてはまた別の機会に書きます)。
そんなわけでこれまでの情報入手は活字に頼るしかなかったのですが、音声認識アプリという素晴らしい手段ができたので、それに助けてもらえばいいやと初めて街頭演説に行ったのです。アプリは期待に応えてくれて、ほぼ9割はうまく文字にしてくれました。残りは自分で脳内変換すれば足りるので、もう満足できたのなんのって。嬉しかったです。アプリを作ってくれたYYSystemさんありがとうございました。
その街頭演説。時々かます百田代表のギャグやボケに、島田先生のウィットのあるジョークに、みんなと同じタイミングで笑えたのもうれしいことでした。
その他にも大きな気づきがありました。
ネットか活字媒体で情報を得る側とすると、百田さんのような有名人はシンパ、アンチが入り交ざって外野同士がバトルし(百田さんは本人も参戦するからさらにややこしい)何がほんとうのことなのか、情報の受け手にまさに「情報リテラシー」が求められるのだと思わずにいられない立ち位置に置かれます。
昨日あらためてわかったのは、ネットで恣意的に切り取られる「毒舌」こそ、ちゃんとした文脈の中で、その場の雰囲気の中で受け止める必要があるという、言ってしまえば当たり前のことです。
こう切り取って書けば、すごくひどい言い方ですが、前後の文脈をつなげて、さらにその場の雰囲気を加味すると全然悪気のない言葉だと気づきます。
「比例近畿で名簿3位の百田さんまで当選するように投票をお願いします・・・」という前提の中でそれを受けた百田さんがこう言ったのです。
そんな発言をうけて、後半に登壇した名簿4位の候補者が続けます。
「やじったやつを殴りに行きます」・・・そんな一見悪意のあるように見える言葉だって、単なるリップサービスや、オチのためのつかみにすぎないことがわかります。少なくとも私はそのように受け取りましたし、悪意はみじんも感じませんでした。
それなのに、悪意をもって前後の文脈を切り取られ独り歩きすることばによって発言者の人格まで否定されかねない。そこかしこにいろんな罵詈雑言があふれています。残念なことに。
そんなことの恐ろしさ≒恣意的な言葉の切り取りの恐ろしさをあらためて実感する時間。柔道の父と呼ばれた嘉納治五郎言葉は「精力善用」という言葉を残しました。同じように「言葉も善用」したいと思う時間でもありました。
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