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教典想図Ⅱ

糞掃衣にあえて糞を擦り付ける。
つまるところ我々だけが成しえる大偉業である。

糞掃衣に擦り付けられた糞はガーンズバック変換を経て重力の虹を捻じ曲げる。
空気中の重力子が糞掃衣の一点に集まり、荒野に茶色い大穴が開く。
金属のこすれる音が谷に響き、時間の裏側からフンコロガシがやってくる。
大穴を転がし始めたら合図である。

アーナンダとペテロはオート三輪に飛び乗り、砂漠を走り出した。
エンジンをかけた時からもうずっと内臓が後ろに引っ張られるような感じがしている。
ゾロアスターもこんな気持ちだったのだろうか。

着潰した糞掃衣を核に据えた非物質のうんこ玉が転がる。
接した地面は全て家までの道に変換され、半径3mの全ての可視光が5回点滅する。

ハムスターの群れがうんこ玉に飲まれる。虚空に消えたハムスターの数だけるるるるる、ねえどうして、涙が出ちゃうんだろう。

親族だけで構成された集落、ふくれたうんこ玉が核心へ乗り込んだ。
谷に囲まれたオアシスには末の娘の悲鳴だけが永遠に響き続けることになった。

嬉しい、楽しい、大好き。

アーナンダの魂が、ヒトに許されたあらゆる正の感情で満たされる。
革のシートに積層した砂利の一粒すら愛おしい。
腹の底から止まらない笑いが自家発電的に鼓膜を揺らす。

ハンドルを握るペテロの手は汗腺からの分泌液でびちょびちょに濡れていた。
ペテロは涙を見せない代わりに手汗で感情を表出させる。
一方の表情筋はアクリル樹脂で固定されたみたいにピクリとも動かない。

瞬きもしない目は、バックミラーに吊り下げられた奇形の十字架を見つめている。
アルファベットのPとXが重なった見慣れぬ形状。
それはコンスタンティヌス形十字架と呼ばれる。
ある戦争の前夜、コンスタンティヌス帝は虚空に十字架と"Ἐν τούτῳ νίκα"(汝、この戦争に勝利せよ)の文字を見たという。

我々のたくらみは実を結んだ。これ以上ない成功と言っていいだろう。
やがてうんこ玉は世界の半分を飲み込み、この宇宙は吉田美和とそれ以外に分かたれる。


DREAMS COME TRUE。
美しき二元論世界の誕生である。

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