bottom of the alphabet
やっぱり、この短文では嚥下できない感情がある。WxYとは最近流行りのオシャレなナンバーではない。H.G.ウェルズのタイム・マシンで言うところのイーロイとモーロックたちが入り乱れて己の知り得たアンダーグラウンド知識を用いて鎬を削るクイズ大会である。私は露悪的な社会不適合者なので地底人側である。優勝には程遠かったが、頂点から離れているからといって社会に適合している証左にはならない。生きてきた中で多くの時間をその知識の収集に捧げた自覚がある。だからこそ結果が伴わなかったが故に半生を否定されたように感じ切歯扼腕した。この日から数日経ったが未だ心此処にあらずといった状態が続いている。胸の内を吐露し衆目に晒すことでポッカリ空いた心の回復を早めたい。感情の露出狂と化した地底人の半生と大会を振り返る。
アングラ知識の習得に勤しむことは幼少期からのライフワークだった。キッカケは小学校低学年の頃まで遡る。当時平日夕方に放送されていた日本テレビ系ニュースプラスワンの『北朝鮮の7日間』というコーナーを齧りつくように見ていた。その時間は他局に合わせれば何かしらのアニメがやっていたのでクラスメイトとの話題についていけなくなるといった弊害はあったが北朝鮮ネタのほうが遥かに魅力的に映った。どんな内容が放映されていたかはもう記憶にはないが素養を身につけることはできたと思う。更に決定的な事案にも巡り合う。今はイオンへ転換されたショッピングモールであるサティに両親と買い物へ出掛け、ひょんなことからビレッジバンガードに入った。そこで様々な本がある中で何を思ったのか著名人の死因について記されている本を手に取った。中を開くとエルビス・プレスリーがドーナツの食べ過ぎにより亡くなったことがイラスト付きで載っていたのだ。全身に衝撃が走った。プレスリーという名前を聞いたことがあるかないかもわからない。ただそのような著名人が若くしてドーナツの食べ過ぎという原因で命を落としている。こんな興味深いことなど誰も教えてはくれなかった。夢中で読み進めたが他に誰がどのような理由で亡くなったかは覚えていない。その後この本が欲しいと強請ったが勿論そんな悪趣味な本など買ってもらえるはずもなく、未だにそのタイトルもわからないままだ。今となって思うのはプレスリーの死因は諸説あるためクイズの題材にはなり得ない。ただ幼少期の私を地下世界へ導くには充分だった。今後生殖を予定している人々で私のようなサブカル異常男性を生産したくないのであれば刺激的なコンテンツに対して適切なゾーニングを設定したほうが良いと思う。
そして中高生時代はインターネットに接続するようになった。すると情報網が一気に拡がりいつか衒学する日を心待ちにして知的好奇心を満たすと同時に窃笑する日々に過ごした。各クラスで浮いているナードたちが廊下にたむろしていたため、せっかくのいい機会なので蘊蓄を垂れ流したら彼らにすら蛇蝎の如く嫌われた。平和に東方の話をしている中に脈絡なくカルト宗教の話題吹っ掛けたら嫌がられるに決まっている。しかしながら彼らも数カ月したらカルト宗教の話題を始めたのを見掛けたためもっと深い知識でマウントを取りに行ったところ余計に嫌われた。そんな爪弾き者の中の鼻つまみ者にも平等に時は過ぎ大学生になった。Nバッグを背負い世の中ナメ腐っているクソガキの集まりだった中高生時代とは違い、別方向に社会不適合者の友達がやたらと増えた。ネット上で不敬発言を繰り返し炎上する者、コイン精米機から散らばった米を集めて炊いて飢えを凌ぐ者、オーバードーズしている者など様々な社会不適合者が周囲に現れ出した。その中でも特にサブカルに傾倒している友人と2016年夏に大井競馬場で大損こいてオケラ街道を歩いている時のこと。お互い巨人ファンだったため野球談義に花を咲かせていた。しかしお互い精神が腐敗しているため気付けばゴシップに話題はすり替わっていた。「不倫でヤクザに一億円払った原辰徳が賭博事件から逃げて高橋由伸を引退させて監督にしたから今年も優勝無理だな」「由伸と矢野謙次が那覇のホテルで密会したから由伸が監督になったあと矢野がファイターズに放出されたんじゃないか」「その前は二岡が山本モナを五反田にある宿泊代9800円のホテルウエストに連れ込んで同じくファイターズに放出されてたな」「そのホテルの名前BSでやってる番組のクイズで出てたわ、今度その企画の本も出るらしい」こうしてアングラ知識を問う地下クイズという存在を知ることになる。そして地下クイズ王決定戦公式問題集を購入しNバッグ背負ったナメガキ達の成れの果てであるネットミームに汚染された連中との飲み会の場で「はい、セックスの50〜!」と地下クイズを出題し酒の肴にした。
地下クイズに興味は出たがいかんせん私はクイズ経験が少ない。たまにクイズ番組を見たり、ニンテンドーDSでクイズマジックアカデミーをプレイしていたぐらいである。よってクイズの世界に身を投じるつもりはなく、新たな知識の収集源として割り切った。この軸は今でもブレてはいないと思う。ただいつしか知識を収集するにはクイズが切っては切れない存在となっていた。そして地下クイズのイベントに顔を出し、初めてソーダライトで解答者側に回った時に好成績を出すことができた。そして回を重ねるごとに自分はプレイヤーとしてどんな特徴があるかも把握出来るようになってきた。私の弱点は問題文からどんな解答を導くのかという読みが出来ないこと、知識の引き出しが遅く早押しに弱いのに他人がわからない問題を拾えるほど知識が深くないことだ。見聞を深める以外はクイズテクニックの範疇に入ってきた。そこの対策はみんはやのレート戦をこなすことで克服を目指したが、あまり効果がなかったように思える。こればっかりは経験だけが物を言う世界なのかもしれない。しかし現状のままではまた頭打ちになってしまうだろう。この状態は私が長年抱え込んでいるコンプレックスを刺激した。
幼少期から頂点を極めた天才への憧憬、思慕、そしてルサンチマンに藻掻き苦しみ思い悩んでいた。初めて人生で頂点が可視化された瞬間は中学受験であった。他にも習い事をしていたが、同じ習い事をしている近所の人との比較のみで頂点がどれほど離れているかすらわからなかった。しかし中学受験ではクラスや模試の順位により明確に叩きつけられる。どんなに努力しても頂点に手は届かなかった。私は私なりの栄光を掴んだつもりではあるが、羨望の眼差しを向けられるというより感嘆される事が多い。私自身理想が高く身の丈にあっていないのは百も承知だがどうしてもコンプレックスに感じる。入学直後に自らに見切りをつけ学業を放棄してしまったことも悔いが残っていることも遠因だろう。学業を放棄しゲームにも打ち込んでいたが、どれだけプレイしても頂きに登りつめることはできなかった。インターネットを経由すればトップクラスに君臨している者にアクセス出来てしまう。やればやるほど、突き詰めれば突き詰めた分だけトップ層の背中が離れていく感覚に陥る。M−1グランプリで例えるならば準々決勝敗退レベルだろうか。競走馬で例えるならば重賞に届かないオープン馬レベルだろうか。学業をかなぐり捨て留年しかけるぐらいやり込んでも頭打ちとなってしまった。学業と両立したうえで実力も兼ね備えているトッププレイヤーもいたため己のスペックの低さに怒りを感じていた。そして日の目を見ることはなく、いつの間にか諦観と絶望の果てに身を引いていた。このままでは同じ轍を踏むことになる。結果を出せなきゃ半生が無意味になる。必要ない焦燥感で尻に火をつけても空回る一方だった。資格試験の勉強なども並行していたため直前の3日間に詰め込むぐらいしか時間が取れずかなり仕上がりは悪かった。
そして迎えた大会当日。坂本勇人から熱して溶かした鉄を尻の穴に注ぎ込まれる夢を見る。『けつなあな確定』ってこんな厳罰だったのかと身を持って知る。岡本和真はニヤニヤしながら私を見ているだけだ。「このままじゃ腸閉塞になって死んじゃう!」と助けを求めると「これぐらい下剤飲めば大丈夫だって!」と菅野智之に論破されてしまった。大丈夫なわけないだろう。堪え難きを堪え、忍び難きを忍んでいたところけたたましくアラームが鳴った。夢とは記憶の整理と定着というので、変なことを覚えようとすると変な夢を見るのは仕方がない部分ではある。前日に地下知識の総ざらいをしたあとに球春到来間近のため贔屓チームの情報を閲覧していたことと就寝前にハリウッドザコシショウの尿道に鉄を流し込むネタポストが気になり調べたことが原因なのは間違いない。最悪な目覚めのあと身なりを整えてレッドブルを一気に飲み干した。これから地下に潜るのに翼を授かってしまうだなんて今考えたら不吉ではないだろうか。その報いは早速訪れた。電車に乗り込むと「この殺しは裏があると確かに聞こえた!」と連呼している者がおり車内に緊張が走っていて私の緊張も増幅されてしまった。会場が近づくに連れ更に高鳴る鼓動。復習しようにも頭に何も入ってこない。会場最寄駅に着いたあと地図アプリを更新するたびにあらぬ方向に向かっていて方向音痴っぷりに愕然とした。それでも何とか会場に到着すると「不審者を見かけたらすぐに110番」と書かれた掲示物を見つけ通報される可能性が頭によぎった。上記のようにトラブルはあったものの、無事エントリーは完了しペコちゃんキャンディを渡された。なるほどこれはとある小料理屋が集まる街で食事をしようとすると料理を運ぶ女給とウッカリ恋に落ちて料理は出されず飴をお土産として帰されることに由来する粋なプレゼントだ。そして入場すると見知った顔を発見ししばし問題の予想をするなど歓談した。この時はまだサードラウンドまでは勝ち上がれると大会を舐め腐り自惚れていた。
そして始まったファーストラウンドのペーパーテスト。全体的に前回大会のペーパーよりも易化しているように感じた。少しのミスが命取りになると直感した。制限時間のプレッシャーものしかかる。解きながらクイズオープン大会の過酷さを体感する。終了後、周囲のプレイヤーと手応えや解答を探り合った。すると、10問ほどケアレスミスで落としていることが判明した。ケセランパサランという解答は地下ではないだろう、もっとオーパーツ的な解答があるはずとして無回答にするとかSDGs東京ばかりマークして肝心の名前を間違えるとか毒入りオレンジ事件をみかんと解答するなど枚挙にいとまがない。このミスは氷山の一角であり下手すりゃ4割しか取れていないのでは?まさか、ペーパーで落ちるのか?背筋が寒くなった。全ての参加者が猛者に見えてきた。せめて通過していてくれ!通過者発表されるまでの2時間はまさに生殺し状態だった。
昼休みが終わり一部通過者の発表がありセカンドラウンドの幕が上がった。一組目の問題を聞く限り知識面では大丈夫そうだった。しかし問題が読み上げられるや否や鋭い押しに圧倒される。そして二組目の発表がされると私の名前があった。後から聞いたが結果として56点、近似値問題によりアドバンテージラインから外れた26位だった。壇上に登り神経を研ぎ澄ます。それでもわかった瞬間には他のプレイヤーに解答されていた。ならば勝負に出るしかない。「スペイン語で『クソしろ、カマ野郎』を…」(来た、知っている!)そこで解答権を手に入れたが瞬間的に答えが飛んでしまった。脳内をサーチしてもエク哲が邪魔してくる。(いや待てよ。引っ掛けの可能性もあり得る。「加賀まりこですが、イタリア語で…」と来るに違いない。しまった、加賀まりこだ!)その時には口が磯野カツオと動いていた。これで1問誤答。2問誤答で即敗退のためもう後がない。それでも何とか2問正答を導きあと2問連続で解答できれば通過できる。それが発生する確率に賭けたがそんな奇跡は起きなかった。見せ場などなく淡々と敗退。途中からは「私がわかる問題は私が答えるからわからない問題は別プレイヤーが誤答しろ!」と心のなかで呪文のように唱え続けるリスペクトに欠いた醜い有様だ。攻める気持ちを忘れた恥ずべき姿。己の慢心と無力さが招いた結果である。猛省。それでも歯車が噛み合えば通過できる可能性はあったように感じた。いくら言っても負け惜しみに過ぎないがこれだけは言っておきたい。私は磯野カツオを絶対に許さない。顔も見たくない。
サードラウンドを客席から観覧した。ルール説明を読んでいたがクイズ形式がよくわからなかった。もし勝ち進んでいたとしても何となくで選んでよくわからないまま失格になっていた気がする。観覧しているとだんだんルールを把握できるようになっていたので百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。セカンドラウンドを勝ち抜けた猛者たちのプレイに驚嘆する。また、ルールにより壇上で悔しい負け方をした猛者たちを見て大会の残酷さをまざまざと見せつけられる。
そしてエクストララウンド、準決勝への一枠を賭けた敗者復活戦が始まった。敗者復活戦は二部構成で書き取り問題を2問間違えると脱落となる一部と、壇上で1問誤答すると即脱落となる中で先に5問正答した者が準決勝進出となる二部の構成となっている。私は一部を1問誤答でなんとか勝ち残ることができた。しかしその誤答がつい先日能書きを垂れたピースポールについて問われた問題だった。そこに記載されている文言を答えるという問題で私は「世界が平和でありますように」と「人類」というワードを抜かす痛恨のミスを犯した。知識の詰めが甘いし、ダサくて恥ずかしい。そして、その後の二部でさらなる屈辱を味わうことになる。
再び壇上に登ることができた。この先1問たりとも間違えることが出来ない。しかしこの姿勢が守りに入ってしまったように思える。私よりももっと悔しい思いをした者たちが背水の陣で挑んでいる。その鬼気迫る勢いに気圧される。セカンドラウンドで願ったような醜い感情すら出てこない。諦めからかついニヤけてしまった。戦う顔をしていなかった。それでも何とか食らいつこうと最期の知力を振り絞る。「特徴的な耳で…」(生来性犯罪者説を提唱した学者の名前は誰だ?え、八田與一?)「北海道の遭難事故…」(カムエクって略さず言うとなんだっけ?…トムラウシか。)皆目見当違い。完敗。手も足も出ない状況に何もストーリー性も持たずまたしてもモブとして負けた。どうせ負けるならもっと派手に散りたかった。結果が出なければ何もやっていないのと同義。死して屍拾う者なし。壇上から降りる時、無意味となった半生が中島みゆきの『命の別名』をBGMに走馬灯のように頭を駆け巡った。今までの人生は何だったんだろう。唯一とも言える心の拠り所が脆くも崩れ去ってしまった。余りの無念さと悔しさから胸にこみ上げる感情が喉元まで遡上してきて臨界寸前であった。幾度となく押し寄せる悔恨の念を抑え込むのに必死で準決勝1セット目の戦況がほとんど頭に入らなかった。
感情に突貫工事を施し冷静を装いながら観覧を再開した。準決勝、決勝と勝ち残った人からはこの大会でどうしても勝ちたいという想いが客席から見ていてもひしひしと感じた。想像を絶する努力も彼らから垣間見える。特に優勝者の周りが感極まっている姿を見ると、最後は想いの強さに比例して力が発揮されるのかもしれないとも思えた。最大限の敬意を表したい。また、大会を開催してくれたスタッフの方々にも感謝を申し上げたい。
ちなみにそう遠くない内にWxY3rdは開催されるようだ。好き勝手に知識を食い荒らす現状から内臓を引っくり返すぐらい研鑽し、数多のインテリゲンチアを退け優勝できたら特典である開催権を握り潰し大会を終わらせようと思う。本家ももう開催されないかもしれないし、地下のラストエンペラーを名乗るのもいいかもしれない。というかそもそもクイズ大会の開催方法もわからないし…。ただそれだと恩知らず過ぎるので開催するとしたら挨拶で「今日は皆さんにはちょっと殺し合いをしてもらいます。」と口上を述べるのもいいかもしれない。この期に及んでまた北野武を擦ってしまった。ともかく次回そこまで詰め込む気力が湧いてくるかわからない。それでも参加するなら今大会よりは好成績を残したいと考えている。
最後に地下クイズプレイヤーとして遺書を残すとするならば、このジャンルは極端な思想に触れる機会が多いので決して感化されないでほしいということを一番伝えたい。当事者たちも守れているか怪しいすみれコードを遵守するかのように向き合うのが一番理想的だろうが、私にはそのようなことを言えるほど倫理観はない。淀んだ空気に精神を蝕まれそうになったら爽やかな清涼剤を振りまいて解毒して欲しい。わざわざアンダーグラウンドサマディを課す必要はない。学んだ知識は怪しい情報に対して強烈な魔除けとして機能するはずだ。しかしそれと同時に魅入られてしまう危険性も孕んでいることは重々承知していてほしい。だからこそ常に自衛して欲しいと切に願う。