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「腐乱死体のよう」と酷評されたルノワールの絵とは?〜エロで観る美術〜

 まずはこの絵を見てください。

ピエール・オーギュスト・ルノワール 『陽光の中の裸婦』
1876年頃 油彩 カンヴァス パリ オルセー美術館

 この作品はルノワールの『陽光の中の裸婦』という作品で、フランスのモンマルトにあるアトリエで描かれたものです。タイトルまで知って観ると「日かげのひんやり感。」「肌に映る木漏れ日の描き方上手いな。」などと感想が持てますね。
 しかしこの作品は第二回印象派展に出品された際に「斑点が浮いた腐乱死体のようだ。」と酷評されます。びっくりしますね。それはなぜしょうか。

 西洋で発展したヌード(理想化された美しい裸体)絵画では、肌はつややかなめらか白く表現するのがお決まりでした。
例えば下のような絵の感じです。

ドミニク・アングル『泉』

このような陶器みたいなツルツル肌こそが若さの象徴であり、官能をあおる、描くべき肌だったのです。もちろん私たちの身体にはシミやシワ、傷跡など、美しくない部分がありますが、そういったのはヌード絵画にはふさわしくないので描かないのが普通だったのです。なので少しでもツルツル肌を表現するためにカンヴァスに筆跡も残らないように描くという徹底ぶりでした。

もう一度ルノワールの絵(特に肌の部分の色)を見てください。

肌には青っぽい色や緑っぽい色などが使われていますね。「ヌードの肌はツルツルでないとダメだ!」というのが当たり前だった当時の人々にとっては、この光を表現するための新しい工夫はすぐには受け入れられないもので、醜い斑点として映ったのです。

参考文献
『ART GALLERY テーマで見る世界の名画 全10巻 5 ヌード かぐわしき夢』
2018年 集英社 https://lp.shueisha.co.jp/artgallery/

 ここからは私の考えをまとめたものです。
「腐乱死体の斑点」と当時は評されましたが、それは伝統的なヌードにはない異端の表現だったからこのように過激に批判したのだと私は思っていますが。もしかしたら、肌に色んな色をのせた絵をみたことがなかったために、本当に腐乱死体の斑点に見えたのでしょうか。新しい価値観を目の当たりにした時、私もすぐに受容できるだろうかと考えさせられます。
 またツルツルの肌を美しいものとするいう点が今の時代と同じだなと思いました。もしかしたら今日の脱毛、美白、陶器肌を目指す価値観って、ヌード絵画の肌が起源なのかと思ったり。他の国ではどうだったんだろう。とまた調べたくなる課題が出てきました。


 

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