見出し画像

神のお宝を盗め!~ポトシ銀山③

町の中心部を出発したバスはすぐにCerro Ricoに到着した。
現役の鉱山労働者のインディヘナのおっちゃん(仮にホセさんとする)がマンツーマンでガイドについてくれる。見るからに人のよさそうな笑顔に、節くれだったごつい手が印象的なホセと、スペイン語で簡単な自己紹介をする。ホセの頬は、冬眠前のリスのように膨らんでいる。厳しい労働環境下で働く彼らは、毎日大量のコカの葉を噛むことがルーティンなのだ。

ホセは、まずは手始めに、という感じで白いコードがついた物体を取り出した。鉱山の必須アイテム、ダイナマイトだ。「初めて見た!」と驚くと、ホセは満足そうに微笑み、離れた場所に装置をセットした。そして、「腰を抜かすなよ」とウインクすると、起爆スイッチを押す。
特撮ヒーローものでよく見る程度の、ちょっと拍子抜けするくらいの小さな爆発が起きた、だけだった。リアクションがいまいちの僕を見たホセは不服そうだったが、気を取り直して僕を坑道の入り口への案内した。

そこには、日本のお地蔵さんのような小さな石像が立っていた。大きな耳をもち、口からは牙が、頭からは角が突き出している。
「これがTio(ティオ)だ。」と、ガイドのホセはポケットから取り出したコカの葉を石像の前に撒き、祈りの言葉をつぶやいた。

彼の説明によると、Tioとは、もともと「おじさん」という意味のスペイン語だが、昔からインディヘナの間で信仰されてきた「地底を司る神」を示す言葉となった。一日の仕事の安全を願い、Tioに挨拶をし、コカの葉やタバコや酒を備えるのが大切な習慣らしい。

ちょうどその時、坑道から出てきた鉱夫が、Tioに仕事終わりの感謝を捧げ、笑顔でホセの方へ歩いてきた。二人は古くからの友人らしく、スペイン語ではない言語でしばらく談笑していた。後から聞くと、インディヘナの言葉、インカ帝国でも使われていたケチュア語だという。

そして、ヘルメットを装着し、いよいよ坑道の中へ。ところどころに裸電球が灯っているが、ひんやりと湿っていかにも地底世界という感じがする。当然、電気もない時代は、小さなランプが頼りだっただろう。

ホセと僕は、腰をかがめながら坑道を進む。もちろん観光客用に安全なルートのみを通るのだが、それでもところどころ膝をつき、はしごをよじ登り、肩幅くらいの穴をくぐり、なかなかにハードだった。

その間、ホセは、銀の採掘作業、鉱夫の信じられないほどの安月給と厳しい生活、所属組合による給与の違い、現在のボリビア政府への不満などを流ちょうに話しているが、閉所恐怖症気味の僕にはほとんど耳に入らない。好奇心に負けて来てしまったが、この天井が崩れてきたら…という地底の圧迫感に吐きそうだ。耐えられない。とにかく早くここを出たい!

ところどころやや広まった空間には、必ずTioがいた。その都度、ホセと僕はこうべを垂れる。地下の暗がりで見るTioには、リアルな生き物感(?)があり、急にモゾモゾと動き始めたとしても不思議ではない。

意に反して地下に放り込まれ、決して自分たちの手に入ることのない銀を掘り出していた奴隷たちは、ただひたすらTioの怒りを買うことなく、無事に地上に戻ることだけを願い、ハンマーをふるったに違いない。

Tioが隠している財宝を盗み出す、盗賊の手下のような気持ちか?
童話『ジャックと豆の木』で、雲の上に住む巨人の家に忍び込み、巨人が大切にしていた「金の卵を産むニワトリ」を盗み出すジャックの気持ちか? 神のヘソクリをくすねる罪悪感か? 
どうかどうか、今日も明日も、Tioに見つかりませんように!

再び地上に出て薄曇りの空を見たとき、すでに3時間が経過していた。ホセは空を仰いで感謝の言葉を唱え、僕はタバコに火をつけてTioに捧げた。

神のお宝を盗め!~ポトシ銀山④…に続く


いいなと思ったら応援しよう!