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数百年間、雨も降らない砂漠で⑤
チリ北部の砂漠の港町イキケで、海沿いの景色のいい安宿を見つけ一休みし、町の中心部をブラブラする。町のサイズのわりに、ヨーロッパ風のしゃれた建物が多く、中央広場の教会も立派だ。その理由は後で判明する。
散歩にも飽きたころ、たまたま見つけた小さな旅行社で、郊外の見どころをまわる半日ツアーを申し込んだ。
翌朝、気のよさそうな若いにいちゃんガイドの運転で、他の観光客3~4人と一緒に町を出発する。
昨日バスで通ったような砂漠の一本道を車は爆走する。しかしまあ、南米のドライバーはスピード狂が多い。
全く変化のない窓の外を眺めていると、時々、地面に一抱えくらいのサイズの黒い物体Xが転がっていることに気づいた。「あれは何?」とガイドに聞いてみると、彼はニヤリと笑い、次に物体Xが見えた時に車を止めた。
車を降りて、みんなで物体Xのもとまで歩いていくと、さすがにぎょっとした。それは人間のミイラだった。歯や髪の毛など、はっきり人間の頭部と識別できるミイラがボロボロの布にくるまれ、無造作に地面に転がっていた。
その人は、なんとなく、女性のような気がした。
ガイドによると、エジプトのように人為的に目的意識をもって作られたミイラではなく、数百年前の旅人が行き倒れ、そこで埋葬されたものだろうということだった。それが年月とともに砂から露出し、別に珍しくもないので博物館に運ばれるでもなく放置されているのだという。仏式で合掌し、車に戻った。
さらにしばらく走ると、このツアーの見どころの一つ、「ピンタードス」に着いた。地面の小石を取り除くことで、人や動物、幾何学模様が描かれている。このあたりの砂漠地帯では数百のピンタードスが発見されているが、詳しいことは不明だそうだ。
ナスカの地上絵と同じで、地面をひっかいただけの絵が数百年残るということは、いかに雨が降らないかということの証拠である。日本ではありえない話で、そりゃ、あっという間にミイラもできるだろう。
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そんな砂漠の美しい活用法がある。
天体観測だ。
数百年間雨が降らない場所とは、星空を遮る雨雲も、輝きをくすませる水蒸気もない場所ということだ。
2024年、イキケからさらに南下したアタカマ砂漠の標高5640mの高地に、東京大学アタカマ天文台(TAO)が完成した。世界最高の解像度を誇る天体観測所で、ここから大宇宙の謎を解くカギが見つかるかもしれない。
ミイラとして出会った彼女が、その目で最期に見たのは、茶色い砂の大地か、灼熱の太陽か。最期の景色が満天の星空であってほしいと願う。
数百年間、雨も降らない砂漠で⑥ に続く。