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【短編小説】月夜影に棲まうもの《4》君の絶望が希望(前編)
前回のあらすじ
岸名美傘は恐ろしい体験の後、幼なじみの久零に助けられる。久零も流星群の観察に来ていたのだ。
一週間後、観月沙保里が不登校になっていた。突然、学校裏サイトで中傷の投稿が始まったからだ。心配する中、美傘はチャットで呼び出される。
カフェで会った沙保里は衰弱していた。嘘の中傷を真に受けた山科部長に、殺すと脅されていたのだ。そこへ、山科が現れた……
《4》君の絶望が希望(前編)
「部長に知らせたの?」
かすれ声の問いかけに、美傘は首を大きく横に振った。なんで、ここが分かるの? 後をつけられた? 様々な思考が頭の中を回転する。
「観月、話がある」
「嫌。私は無い。あんな酷いこと怒鳴っておいて、許されるとでも思ってるの。馬鹿じゃない。帰ってよ。今すぐ!」
冷たい山科の口調に、沙保里は逆上して、乱暴に言葉を投げつけた。山科は目をスッと細めた。ぼんやりと、沙保里を見つめる。
「じゃあ、ここで片をつけよう」
山科が持ち上げた右手に、鞘から抜かれたキャンピングナイフが鈍く光っていた。
注視していた、カフェ内の客が騒ぎ始めた。
「おい、誰か助けてやれよ」
「警察! 警察に連絡!」
「逃げて。早く、早く!」
山科の行動を予想していたかのように、美傘は素早く動いた。自分でも不思議なくらいだ。目の前にある水の入ったグラスを掴むと、山科の顔めがけて思い切り投げつける。沙保里しか見ていない山科には、カウンターパンチ並の効力があった。
山科は、頭をのけぞらせて尻もちをつく。鼻から大量に出血している。呆然としている隙をぬって、美傘は沙保里の腕を取り、カフェの外へ飛び出した。
エスカレータを走って下りる。人波を避けながら、駅ビルに接続しているショッピングモールへ向かった。できるだけ、人が多くいる場所へ逃げ込みたかったからだ。
美傘が振り返ると、山科が鬼の形相で追いかけくるのが見えた。距離は五十メートルほど開いている。どうしたらいいの。このままじゃ、追いつかれる。
必死に周囲を見ながら走っていると、低い段差に気付くのが遅れた。ふたりは足をもつれさせ、フロアタイルの上に転がる。
沙保里の方が立ち直りは早かった。起き上がって後ろを確認する。ナイフを手にした山科が、二十メートルの距離まで迫っていた。間隔は、ほぼ無いも同然だ。
気が動転した沙保里は、目の前にあった女性用トイレの入口へ走り込んだ。
「そんな狭い所は、駄目!」
美傘は大声で叫んだが、沙保里には届かない。追いついた山科は、美傘には目もくれず、沙保里の後を追った。
すぐ、トイレの中から悲鳴が聞こえ、二人の女性が慌てて飛び出てきてわめいた。
「お、男がいる。警察を呼んで!」
「ナイフを持ってるの。早く!」
トイレの周囲には、人だかりが出来始めた。美傘は膝立ちで沙保里を待ったが、現れない。それどころか、男女の怒鳴り合う声が聞こえてくる。
内容は聞き取れないが、沙保里の話と同じなのだろう。どんどん、掛け合いが激しくなるのが分かる。
そして一瞬間が開いた後、女性の断末魔の叫び声が、美傘の鼓膜を打った。頭の中に、沙保里の絶望した悲鳴が反響する。何度も、何度も、何度も。
美傘は、目の前が真っ赤に塗り潰されてゆく気がした。体が痙攣し立っていられない。
横倒しに倒れたが、床に頭をぶつける寸前、さっと誰かの手が差し伸べられた。半目を開けると、そこに幼なじみの顔があった。
「久零君、また……」
美傘は、意識がゆっくりと失われてゆくのを感じていた。それは、泥沼の中へ沈んでゆく様だった。
ねばねばして気味悪く、そして最高に気持ち良かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
沙保里は緊急搬送されたが、助からなかった。腹部を十ヶ所以上刺されていたのだ。山科は駆けつけた警察官に切りかかり、危険とみなされて射殺された。異常な興奮状態にあったという。美傘は一日で、友人をふたり亡くした。
(つづく)