【考察資料】ミスラ(ホロオルタ)を念頭に置いたミトラス教神話のキュモン系列解釈について
はじめに
COVER社製作中のゲーム「ホロアース」は、ホロライブ・オルタナティブの一つの世界線の物語だという。さて、ホロライブ・オルタナティブには、公式PV第1弾から「ミスラ(Mithra)」というキャラクターが登場している。彼女は「ホロアース管理AI」や「自律型統合支援AI」と名乗っており、開発途上のホロアースでも最初期からロビーに佇んでいた。彼女についての現行の情報は非常に少なく、そのことがホロライブ・オルタナティブの考察に当たって最大のネックの一つとなっている。その中で私は以前、ミスラは「ミトラス」という神がモチーフ元であるという考えのもとシンプルな記事を投稿した。
ミトラス(Mithras)はイラン神話のミスラ(Mithra)という神格の流れをくんでおり、光明神や軍神として主に古のローマ帝国を中心に非常に広域で崇拝された。この巨大宗教はミトラス教と呼ばれ、その古さ及び秘匿性から非常に情報が少なく研究者の間でも憶測の飛び交う一大議題となっている。そのなかで私が今回着目したのは、ミトラス教研究の一時代を作り上げた一大学術書「ミトラの密議」フランツ・キュモン著である。近年になって少しづつ否定されつつあるも、未だに大きな影響範囲を誇る名著だ。複数のミスラ信仰の聖典や研究を履修した結果、現状最も収まりが良かったのがこの本である。この記事ではその神話と教義から必要部分を抜粋し、大まかに纏めて羅列する。詳細や正確性を求める場合、併記する原本または訳本を手に取ることを強く推奨する。尚当記事は必ずしも参考文献の解釈を肯定するものではなく、あくまで数多ある解釈の一つとして言及するのみであることに留意されたい。
ミトラス教神話
とある川のほとりにて、聖樹の下に岩があった。ある時、岩から若い神の子が産まれ出た。産まれた時から短剣で武装し、フリギア帽を被り、闇を晴らし光を齎す松明を持っていた。彼は名をミトラスと言った。その誕生を付近にいた羊飼いたちが目撃し、家畜や初穂を供えた。ミトラスは無花果の枝で防寒し、葉を衣服とし、果実を食した。
ミトラスは太陽神に会いに向かった。太陽神は若きミトラスに敬意を払い、ミトラスより光り輝く冠を授かった。そして彼らは平等で厳粛な友好契約を結び、助け合うことと取り決めた。また、太陽神は日頃の進路を進む際に輝く冠を被るようになった。
ミトラスは荒れ狂う牡牛を強引に捕獲し、その住処である洞窟に引き摺っていった。しかし、牡牛は逃げ出した。太陽神は使者の鴉を送り、ミトラスに牡牛を殺すよう言った。彼は嫌々ながらも犬を放って牡牛を追い込み、短剣で突き刺した。彼はブクロポス・テオス(牡牛を盗む神)と呼ばれるようになった。
そして奇跡が起きた。瀕死の牡牛の体からあらゆる薬効を持つ植物が生まれ出て、大地を緑で覆った。脊髄からパンのもとになる麦、血液からワインのもとになる葡萄が芽を出した。悪霊が蠍、蟻、蛇などを差し向け毒を盛りその生命の源泉を殺そうとしたが、奇跡を止めることはできなかった。牡牛の精なる液は月神によって清められ、あらゆる家畜を創造した。牡牛の霊はミトラスの犬によって保護され天界に昇り、シルウァヌスと呼ばれ畜群の守護神となった。これらの出来事は後に芸術家に広まったテーマの一つであり、牡牛の尻尾を麦の束で描写するなど遠回しな表現もあった。
そして特権生物であった人間の男女が産まれ、ミトラスはその種族の監督者となった。悪霊アフリマンが不作を引き起こすなどの妨害を行ったが、対し助けを求められたミトラスは岩を射って水を溢れさせた。そしてついには大洪水が引き起こされ、人類は一掃された。しかし事前に神から警告を受けていた一人の人間が船を作り、家畜と共に生きのびた。次に大火災が引き起こされ、家畜小屋や人々は灰燼に帰した。しかしオロマスデス(アフラ・マズダまたはユピテル)の被造物は天の加護により生存し、人々は繁栄した。
かくしてミトラスの使命は果たされ、祝賀愛餐の後、四頭立ての輝く馬車に乗って天に昇った。途中海が彼を飲み込もうとするも失敗した。そして神々と共に過ごすこととなったが、彼は天上から自身を信仰する人々を見守り、保護し続ける。
いつかくるであろうアフリマンたち悪によって世界が滅びかける時、奇蹟の牡牛が現れ、そこにミトラスが下ってくる。ミトラスは墓から人々をよみがえらせ、審判により善悪で分けられる。ミトラスは牡牛を殺し、その牛脂と聖なる葡萄酒の混合物は善人に与えられ、不死を齎す。そしてオロマスデスは彼らの祈りに応え、全ての邪悪を打ち倒す炎を降ろす。かくして悪は滅び去り、規律を守った善人たちは永遠に完全なる幸福を享受することとなる。
ミトラスの神格
ミトラスはオロマスデスによって生み出された秩序を維持する創造主としての役割を持っていた。イラン神話において複数の神に分けられていた役目を併せ持っており、人に与えられた試練である人生において、ミトラスは頼れる救い主であった。
ミトラス教におけるミトラスは「常に目覚めて常に監視する神」であり、その被造物たちの保護者であり、死後の審判者であり、天界への案内者だった。本書は彼は決してミトラス教の最高神ではなく。教義は永遠の時間の神ズルヴァーン・アカルナを主神としたとする。これはズルヴァーン派のマゴスの思想を引き継いでおり、アイオン、サエクルム、クロノス、サトルヌスなどと呼称・同一視されることがあった。ズルヴァーン・アカルナは人の概念を当てはめるのが困難であり、名前、性別、情念などを持たないとされた。いまだにミトラス教最大の謎であるアイオン像の正体として、これを当てはめている。
あとがき
ホロライブ・オルタナティブにおけるミスラは人類を保護するAIとしてホロアースの案内人を務めている。この二つの要素は上記の神話に良く符合する。多くの神話にあるように彼女は死後の審判を下す神であるのか、それとも人類の保護者のロールとしてその名が付けられただけなのか。あくまで上記はミトラス教におけるミトラ(Mitra)またはミトラス(Mithras)の神話であり、ミスラ(Mithra)の名が使われることは非常に少ない。それなのにマントなどの細かな要素で紐付けてよいのか、そもそも情報の少ないミスラの考察としては先走り過ぎではないか等、自ら疑問に思う点もある。
先述の通り本書は対立するような主張も多いものの、多くの研究者に定説として受け入れられてきた。そもそも大きな解釈揺れの原因がミトラス教についての一次資料不足にある以上、これが解決されなければどれが正しいなどと主張することは避けられる傾向にある。規模は異なるものの、元情報の少ない考察についても同様である。私はこのような懸念について、過去の自身の言説に拘らない限り書き得であると割り切っている。本noteを読み終えるような関心を持つ読者方には、是非とも自分なりに考察、妄想を広げる楽しみを味わってもらいたいものだ。
参考文献
Les Mystères De Mithra / Franz Valery Marie Cumont
ミトラの密儀 / 小川英雄 訳
古代占星術: その歴史と社会的機能 / Tamsyn Barton / 富田彰 訳
世界古典文学全集 3 ヴェーダ・アヴェスター / 辻直四郎 訳