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やめようと思う時、逃げようと思う時

日本ではなぜか
剣術と剣道、
柔術と柔道、
弓術と弓道
の様に
「○術」と「○道」
という字を使い分けます。

「そういえば何でなんだろう?」
と思って調べてみたところ、

「術」
→ 特別の技。技術。手段。方法。

「道」
→ 哲学とも言われ、一つの物事を通じて生き様や真理の追究を体現することや自己の精神の修練を行う事。

とWikipediaに書いてありました。

ただ、色々調べていると、

そもそも
「術」は心が伴わないと扱えないから、
「術」には、ここで言う「道」の要素がそもそも入っている!
と言ってる人もいました。

ま、どちらにせよ
「術」も「道」もどちらも大切で、

僕は、
単に「術」を磨くだけでなくて、
それを突き詰めて行くという過程の中で、
自分の心身も磨かれて行き、
結果として「道」が出来ている
という感覚が好きです。

僕らがさせて頂いているのも
「施術」という「術」です。

でも、個人的には
「道」の要素が凄く強い世界だと思います。

いつもやらせて頂いていて思うのは、
山登りみたいな感覚なのかな?
と言うことです。

山登りを行う前は、
「あの頂上に行けばどんな景色が味わえるだろう?」
「どんな達成感を味わえるだろう?」
「絶対、楽しいに違いない!」
みたいにワクワクする面を見て登り始めます。

実際にどんどん景色が変わっていき、本当に楽しいです。

でも、やっぱり山登りは疲れることも、
思った様に行かないこともあります。

「しんどい。」
「やめたい。」
「来るんじゃなかった。」

そんな自分が見えてきて、

そんな自分を見たくなくて、
「やらない理由」や
「やめる理由」
が湧いてきます。

そんな時に、
他の人と比べ出したら、
更にそれは誇張されて、

センス、
時間、
タイミング、
体力、
環境
など
ビックリするくらい次々と
「言い訳」
が湧いてきます。

登り始めた時は、
そんなに「差」なんかなかったはず。

自分の知らない時間、
どういう風に過ごしたんだろう?

どんなに努力したんだろう?

どんな覚悟でそれに臨んだんだろう?

そんな覚悟になるまでにどんな経験をしたんだろう?

どれだけ悔しい思いをしたんだろう?

そんな感情が、
憧れになったり、
嫉妬になっちゃうことだってあると思います。

それを感じるのが嫌だと、
「やらない理由」
「やめる理由」
が更に湧き上がってきてしまいます。

「やめちゃえば楽になるかも。」
「もっと楽な道はないか?」
「近道はないか?」

そんなネガティヴな自分と葛藤して、

限界まで見て、

そしたら、
どんどん開き直ってきて笑

「とりあえず、今出来ることは何か?」
と思えて、

シンプルに一歩を前に出す。

そうして行くうちに、
また歩むのが楽しくなってきて、
色んな景色を感じる様になってくる。

気付けば、
色々悩んでいたことなんか忘れて、
またワクワクしてる。

「術」や「道」の世界に入り、
歩みを進めると、
こんな感じで
自分のポジティブな面も、ネガティブな面も見えて来る。

それは僕だけではないと思います。

やめたり、
そもそもチャレンジしなければ、
そんな自分を見なくて済むので,
楽になれるかも知れません。

でも、事実は、
ポジティブな面も、ネガティブな面も、
全部ひっくるめて自分だということ。

だから、見たくない自分は山ほど出てくるけど、
僕はそんな自分が嫌いじゃありません。

それも自分なので。

どれだけ仲間がいても、
実際に施術をするのは一人だけ。

だから、この「道」正解なのか?
と、たまに怖くなる時もあります。

でも、誰も歩んでない「道」には、
そもそも正解なんて概念が存在しません。

それなら、そんな雑念に時間を使うより、
一歩、一歩と自分のペースで
今は自分が「道」だと思うところを進むしかない。

そう思うと、
「術」を磨くのも、
「道」を歩むのも、
意外とシンプルなのかも知れません。

なんなら、「道」なんかそもそもなくて、
そうやって歩んできたところを
後から「道」って言うのかも知れません。

なので、個人的には
自分がこの人生でやろうと思ったことの
ポジティブな面だけを良いとこ取りして見るのではなく、

ポジティブな面も、ネガティヴな面も、
全部ひっくるめて見ようとして、

そんなことを見ようとしてる
自分のポジティブな面も、ネガティヴな面も、
全部ひっくるめて見ようとして、

「凄いことしてる!」
ってたまに自惚れてしまったり、

「何でこんなことしてるんだろう?」
と冷静になったり、

「バカだなぁ。」
と笑けてきたり、

そんな色んな側面を全部ひっくるめて向き合うこと。

それが個人的には
「楽しい」
と思っています。

山登りが趣味の方が
「一番早く山を登るコツは、マイペースを崩さないこと。
本当、シンプル何ですよ。」
と仰っていました。

僕らがやっている「施術」は迷った時に、
そんなシンプルな道に戻してくれる方がいます。

それは身体を預けてくれる
クライアントさんです。

どれだけ雑念だらけでも、
その方のお身体と向き合っていると、

「とりあえず、今出来ることは何か?」

とシンプルなところに戻らせて頂けます。

僕の住んでいる滋賀県には
売り手よし、買い手よし、世間よし
という近江商人の
「三方良し」
という精神があります。

僕はこの精神が好きなんですが、
身体を預けて下さるクライアントさんとは
そういう関係だと勝手に思い込み、
有難いなぁと思っています笑

先日開催させて頂いて、めちゃくちゃ楽しかった
吉田里沙さん・安木詩織さん主催のお話会と施術会in広島。

協会からは僕、藤田くん、ゆうこさんの3人で伺わせて頂いたのですが、

その行きしに、
3人で色んなことを喋っていました。
(基本はしょうもない話)

その中で
「“施術家”って何だと思いますか?」
と急に真面目な話題を藤田くんがぶっ込んできました。

3人で色々考えて、
一番しっくり来たのは
「生き方じゃない?」
というところです。

これからも、
そんな生き方を楽しみたいと思います。

長文・乱文読んで頂きありがとうございます。

中壽賀宣行

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