野球のバッティングは目をどう使うと上達するのか?
バッティングの上達と目の動きについて
こんにちは。
ホロス・ベースボールクリニックの石橋秀幸です。
野球は、視覚機能がパフォーマンスに影響を与えるスポーツです。守備にしてもバッティングにしても、移動してくるボールを目で追ってプレーしますね。
今回は、バッティングの上達と目の動きの関係について解説をします。おそらく、はじめて聞く内容だと思いますので、最後までご覧ください。
それでは、はじめていきましょう。
打者に有効なビジュアルトレーニングとは
ピッチャーがリリースしたボールがホームベースに到達する時間は、小中学生の野球だと、およそ0.5秒ほどです。その短い時間の中で、ストライクかボールか、ストレートか変化球かを見極めて、正確にミートすることが求められます。
その限られた時間内で判断し、体を適切に動かしてボールをとらえる必要があるので、バッティングは難しいわけです。
では、バッティングで成功確率を高めるためには、何が必要なのでしょうか?
野球では、視覚、聴覚、触覚などの感覚器から情報を取り入れています。 その情報を適切に処理して、パフォーマンスにつなげているわけです。
ここで、視力と視覚の違いについて確認しておきましょう。
視力とは、文字通り見る力です。色や形を明確に認識する力で、静止視力と動体視力があります。
静止視力は、学校の視力検査で行う検査というとわかりやすいですね。動体視力は、専用の機材を使って検査し、静止視力も動体視力も見る力を数値化します。
一方、視覚とは目に入った光や色などの情報を判断する感覚のことです。
視覚を高めるためのトレーニングのことを、ビジュアルトレーニングといいます。日本では、ビジョントレーニングという言葉が使われることが多いです。ただ、ビジョントレーニングという言葉を使うと、視力のトレーニングということになります。
アメリカのスポーツ分野では、視覚を鍛えることをビジュアルトレーニングと言っています。ですから、スポーツの分野で視覚を鍛える場合に使う言葉としては、ビジュアルトレーニングというアメリカの表現が適切でしょう。
ということで、今回はビジュアルトレーニングという表現に統一して話を進めていきます。
ちなみに、視覚はビジュアルトレーニングをすることで、高めることが可能です。しかし、視力はトレーニングによって高めることはできません。つまり、0.1の視力を2.0に上げるような、ビジョントレーニングはありません。
そして、視力は眼科医の指導の元で、視能訓練士のサポートを受けながら矯正していく必要があると考えています。
たとえば、視力を矯正しすぎると、目の筋肉を必要以上に使うことになります。すると過矯正になることがあり別の弊害が生まれます。
ですから、どのくらいの矯正が望ましいのか、医学的な根拠が必要です。
また、視力検査の数値や色の見えやすさは、その日の体調や周囲の環境によっても変動します。その点からも、やはり変動しない根拠のある医学的な矯正をお勧めしたいと思います。
ビジュアルトレーニングについての誤解
日本で一般的にビジュアルトレーニングとして知られているのは、広範囲に目を速く動かすサッケードと呼ばれる眼球運動です。
親指を立てた両手を、左右、前後、上下、斜めなどに広げて、親指を交互に見る眼球運動がありますね。
このトレーニングは、書籍やインターネットでも紹介されていますから、あなたもすでに行っているかもしれません。
確かに、以前はそのようなトレーニングが、動体視力を高めてバッティングのパフォーマンスアップにつながると言われていました。しかし、最近の研究でわかったのは、そのようなトレーニングが、バッティング技術向上につながらない可能性があるということです。
ということで、ここからは打者に有効なビジュアルトレーニングについて考えてみたいと思います。
エビデンスのある研究報告
これまで、効果があると言われて行われてきたビジュアルトレーニングは、バッティングのパフォーマンスアップにつながらない可能性があると言いました。
もちろん、エビデンスのある研究報告があります。
その研究報告では、打者の動体視力や眼球運動が、バットスイングの動きと、どのように相互作用するのかを検証しています。具体的には、複数の打者がボールを打つときの、頭部と眼球の水平方向の動きを検証しました。
この研究からわかったことは、次の通りです。
打者がスイングするとき、頭部の動きと、実質的な眼球の動きがない状態で、投球されたボールを追跡していることが分かりました。
もう一度言いますね。
打者がスイングをするとき、頭と眼球がほとんど動くことなく、ボールを目で追っていることがわかったのです。
実質的に眼球が動いていないのですから、先ほど例としてあげた、親指の爪を交互に見るビジュアルトレーニングは、バッティングに必要な「見る力」に反映していない可能性があるということです。
2020年には、4つの異なる速度、80キロ、100キロ、120キロ、140キロでマシン打撃を行ったときの目の動きを測定した、さらに詳しい研究報告があります。
この研究では、眼球の動きをウェアラブルアイトラッカーを使って測定し、体の動きを光学式モーションキャプチャーシステムで測定しました。
ウェアラブルアイトラッカーというのは、眼球の動きを追跡して、さまざまな角度から目の動きを分析できる装置です。また、光学式モーションキャプチャーシステムというのは、複数のカメラを使ってマーカーの位置をトラッキングするシステムです。
これらのシステムを使って、打者の眼球の動きと体の動きを測定しました。
この研究結果からわかったことは、目の動きの開始と頭の動きは、腰が回転しバットとボールが当たるタイミングと時間的に一致しました。そして、それはボールの速度に関係ないこともわかりました。
ボールを正確にとらえるには、目でみた視覚情報を体に適切に伝える能力が必要です。
よく、「目をぶらすな」と言われることがありますが、眼球の位置の変化が大きいほど、体の各部の位置も変化してしまいます。
そのため眼球の位置の過度な変化は、打者がボールを凡打する可能性を高めてしまうと考えられます。
バッティングに必要なビジュアルトレーニングとは
ご紹介した研究結果から考えると、バッティングに必要なビジュアルトレーニングの方法が見えてきました。それは、従来の様々な方向に目を速く動かすものではないことは理解できると思います。
バッティングの技術を高めるためには、投球されたボールのスピード感や遠近感を瞬時に読み取る能力が必要です。そのためのビジュアルトレーニングは、目を動かさずにボールの動きを追従する視覚能力を高めるトレーニングが有効だと考えられます。
ただ、従来の様々な方向に目を動かす方法が、必要がないということではありません。
お伝えしたように、打撃のパフォーマンスは向上しませんが、動的ストレッチとして目のウォーミングアップやクーリングダウンには効果的だと考えられています。
実際に、ウォーミングアップにこの方法を取り入れているプロ野球の球団もあります。
ビジュアルトレーニングを行うときの大前提
ある先行研究では、立体視を改善しないと野球選手の捕球技術は改善しなかったという報告があります。また、別の研究では、立体視は重要ですが視力という単純なパラメーターが、最も重要な要素の可能性があるという報告があります。
つまり、ビジュアルトレーニングを行う前に、 眼科医による医学的な検査を受けることが重要です。そして、必要がある場合は適切な矯正を行いましょう。
その上で「医学的なエビデンス」のある方法で、ビジュアルトレーニングを行うことが大前提といえるでしょう。
人の一生に関わる「目」の健康管理
「医学的なエビデンス」とは、具体的にどのようなことなのでしょうか?
それについては、スポーツ眼科が設置されている、総合予防医療クリニックの長田院長にうかがってみました。
総合予防医療クリニックの取り組み
「石橋」
総合予防医療クリニックには、日本でも珍しい「スポーツ眼科」が設置されていますが、ここではどのような診断やサポートをされているのですか?
「長田」
総合予防医療クリニックのスポーツ眼科に、スポーツ眼外傷などで受診された場合をご説明します。
まず、スポーツドクターの診断後、必要がある場合には眼科専門医へ紹介します。その診断後は、視能訓練士と連携しながら視覚リハビリテーションなどのサポートを行っています。
「石橋」
とても画期的な診療システムですね。野球選手に限らず、スポーツ 選手が「目」について日頃から気をつけることはありますか?
「長田」
スポーツ眼外傷などにより視機能が低下した状態を、ロービジョンといいます。
視力検査だけでは目の病気は分からないので、 スポーツ選手は、病院やクリニックで、定期的に検査とサポートを受けましょう。
スクリーニング検査の重要性
「石橋」
スポーツ選手が、簡単に受けられる視機能検査はありますか?
「長田」
総合予防医療クリニックでは、正常な視機能が保たれているか、児童生徒に「視機能のスクリーニング検査」を推奨しています。
幼児期に視機能のスクリーニング検査を行うことで、弱視の早期発見にもつながります。検査は幼児でもできる簡単なもので、数秒で終わります。
また、45 歳を過ぎると「白内障」、「緑内障」など「目の成人病」が 出やすくなります。ですから、スポーツ選手以外の中高年や高齢者も視機能のスクリーニング検査は大切です。
「石橋」
スポーツ選手は元より、人の一生に関わる「目」の健康管理として、幼児から高齢者まで「視機能のスクリーニング検査」がとても大切だということが分かりました。
そして「医学的なエビデンス」のある方法とは、自分で判断しないで、眼科医や視能訓練士、スポーツドクターなど、医学の専門家からサポートを受け、連携して行う方法だと分かりました。
ありがとうございました。
今回のまとめ
いかがでしたか?
今回は、ビジュアルトレーニングについて考えてみました。
まず、従来型の眼球を動かすビジュアルトレーニングは、バッティングの技術向上に結びつかないことを、研究結果をもとに説明しました。
ただ、従来型のビジュアルトレーニングは、目の動的ストレッチとして効果的だと考えられます。
スマホやパソコンを見る時間が多いようでしたら、目の筋肉の疲労回復として、目の動的ストレッチとして行うようにしましょう。
野球選手にとって、視覚機能は重要です。それについては、誰も否定する人はいないでしょう。しかし、視機能の検査をしている人は多くありません。
お伝えしたように、視力をトレーニングで高めることはできません。現在0.1だとしても、視力を2.0に上げるようなビジョントレーニングはありません。できることは、適切な矯正を行うことです。
適切な矯正を行うには、医学的な根拠のある方法で検査をする必要があります。そして、目の検査は「視力検査」だけではありません。
ですから、スクリーニング検査を年に一度は受けてみることをおすすめします。
以前にも、大谷翔平選手の例として、ビジュアルトレーニングについてお伝えしました。そちらでお伝えしたように、アメリカでは40年以上前から、スポーツビジョンについての研究がされています。
アメリカのスポーツ現場では、膨大なデジタルデータを解析することで、選手個々の特徴や可能性を引き出す個別最適化が進められています。
今後のビジュアルトレーニングは、デジタルデバイスを活用したものになっていくことが考えられます。
ホロス・ベースボールクリニックでも、引き続きエビデンスのある最新の情報をお伝えできるように研究をしていきます。
今回は以上です。
次回もまた、野球の上達につながる有益な情報をお伝えします。
それでは、またお会いしましょう。
参考文献
・Higuchi Takatoshi, Nagami Tomoyuki, Nakata Hiroki, Kanosue Kazuyuki. Head-eye movement of collegiate baseball batters during fastball hitting、2018
・Temporally Coupled Coordination of Eye and Body Movements in Baseball Batting for a Wide Range of Ball Speeds、Front Sports Act Living. 2020 Jun 26;2:64.
・Mazyn LI, Lenoir M, Montagne G, Delaey C, Savelsbergh GJ.: Stereo Vision enhances the learning of a catching skill.、Exp Brain Res. 2007 Jun;179(4):723-6.
・Molia LM, Rubin SE, Kohn N.:Assessment of stereopsis in college baseball pitchers and batters. 、 J AAPOS. 1998 Apr;2(2):86-90.
・【動体視力を鍛える方法】プロ野球選手も実践する「視覚トレー ニング」とは、ケンカツ、マキノ出版、2018
・オリックスが行う奇妙なアップ、導入後に動体視力 UP、日刊スポ ーツ、2019.3.14
【石橋秀幸プロフィール】
広島県出身 日本体育大学卒。
慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科スポーツマネジメント専修卒。 1987年から2002年まで15年間、広島東洋カープの一軍トレーニングコーチ。
1997年ボストンレッドソックスへコーチ留学。
現在は、神奈川大学人間科学部非常勤講師、慶應義塾大学スポーツ医学研究センター研究員。
また、2022年11月からホロス・ベースボールクリニック代表として、球児の成長のサポート事業をスタート。
これまでも、プライベートコーチとして、小学生から大人まで、アスリートはもちろん、プロの演奏家へもトレーニングとコンディショニング指導を行う。
著書多数。
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