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無いのが怖いから在るを観ようとしていない?

今を生きるとか、、
在るを観ることとは、、

生きる上で、、とても大切な観点なのですが

「無いのが怖いから在るものをみよう、、」

という、怖れが根底にあったならば

無いという奥底にある不安や恐怖で身体は緊張し 
その無意識にあるパターンが現実化してしまう。
恐怖を払拭する為に無理矢理大きな穴を
パテで埋めようとするような不自然な
言動をとってしまうもの。

本当に在るものを観るには、、

自然体で過度な執着や緊張がなく

リラックスして今に寛いで居る状態。

そういう状態であると、
観よう、観ようと思わなくても

自然に、在るものが観えてくるもの、、。

勝手に観えてくるものなのです。

それは、自分自身の視野が広くなることで
余白が生まれ、、
今の状態を”感じられる”ようになり、
より、あたりまえの日々に彩りが齎され
日常に、、豊かさを感じるかもしれません。

緩んで自然体で居ると、、
自然と視野が広がって、
いつも見ている庭の植物の美しさや
あたりまえになっていた家族への感謝。
日々変わらない食事なのに食べられる有り難さを感じたり、、作り手や生産者の想いに馳せてみたり、、
家事や庭仕事に愛おしさを見いだしてみたり、、
お店に入った時の店員さんや
働いている人に敬意を持てるようになったり、

すべては、、余裕がないと
視野が広がっていないと、、
自然とこのような気持ちにはなれないもの。

こう思わなくちゃ、、
感謝しなくちゃ、、、
という出力では、やはり緊張感が走り
感謝しているからいい事が起きる、、
みたいなご利益や何かに期待を求めるような
まるで計算的で不自然な状態になってしまう。

現実創造においても
顕在的に細かく設定する目標は、、
とっても身体が緊張し、、重たくなり
過度に力身が入ってしまいます。
それは、何かを達成することに結果を
出さなくては、、、
と無意識に追い込んでしまうから、
目標は条件を満たすものになってしまう。

量子場調整的にも
現実創造していくには、抽象的な在り方(vision)
を描いてみると身体のブレが少なくふわっと軽くなるもの。
そして、、
オーラの空間に設定することで
自然と
いい引き寄せが生まれてきたりするもの、、。
そして、visionは状態を満たすように、、
勝手にエネルギーが増幅していくもの。

自分という我をそぎ落としていきながら、、
打算的な思考や感情パターンを
クリアにしていく中で、、
願望に囚われなくなり
意識と無意識が繋がることで、、
潜在的な抵抗がなく、
自然体で生きられるようになっていきます。

そうなっていくと、
自然と願いも現実になっている、、
という事が起きてくるんです。

そうなっている時は
執着がないから、、
そもそも、、願望すら、、忘れてしまっていた
なんていう状態に近いのです。

そして、クライアントさんが
小さな事からでも行動していくことから
現実が変わりはじめていくものなのです。

行動がとっても大事なわけです。


恐れや怖れ由来の
身体の緊張パターンを書き換えていったり、
クリアにしていくことができ、
セルフ技術もつかいながら、
自分を観る感覚を養っていけるので、、
内観する力もついていき、、
自分に矢印を向けやすくなるもの。
そして、、何より現実が加速していきます。

そして冒頭に話したことの中に
″無いことが怖いから在るものをみよう″として、
無いことを怖れてしまうのならば、、

その無くなった時の怖れを持つ
自分を赦していけばいいのです。


この赦しも、、
技術をつかいながら調整していくと
赦された状態を身体から体感することができます。

そうなることから、緊張から緩みが生まれ
自然と、視野が広がって”在る”を
感じられるようになっていく、、

日々、、そんな事を体感していただける
オーダーメイドセッションを
させていただいています。

#在るを観る
#自然体
#ニュートラル
#量子場調整はそこへのガイド

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