発話限度

言葉には不思議な力があると思う。
脳みそで導き出した意味や音を舌に乗せ、我々は言葉を伝えることができる。
人間に与えられた、言語を用いた会話という能力は、幼少期の私を魅了させた。犬や猫は鳴き声を用いて威嚇する。しかし、私からみれば、それは態度、つまりボディランゲージに過ぎないと考えていた。

言葉を覗くと、美しく、延々と広がる草原を想像させた。池もある。まるでゴルフ場だ。あの道路から見えるゴルフ場は、いつも無駄に広大に見える。しかし、言葉に広がる草原の広大さに対しては、無駄などと思わない。いや、思えないのだ。

イルカは水の中で超音波を使って会話をすることを聞いた幼少期の私は、とても驚いた。それは、人間以外に言葉を使う動物がいるのだと思ったからだ。

人間には、言葉を発する回数に限度があると思っていた。あれは確か、「しゃっくりを100回すると死ぬ」という都市伝説を知った時期だ。信じてはいなかったが、真偽を疑ってもいた。しゃっくりなんてものは、当時の私にとって怪奇現象だ。それが100回?死ぬかもしれんやん。
そんな私が、発話の回数に限度があると思うのも無理はないだろう。言葉という魔法。不思議なものには制限がある。そんなことは、RPGをやっていれば自然と刷り込まれる概念だ。

しかし、この設定は面白い。
人間にとって、身近にあればあるほど信頼できるものだが、言葉ほど理解していないものはあるだろうか?そんな言葉に裏切られることも、我々は知らない。しかし、主人公だけは残りの回数が分かるのだ。会話するたびに減っていく数字。なるべく減らさないように工夫する姿。なんと言うか、き


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