傘を盗んだ男 1
チャリンコの「ンコ」に不思議な魅力を感じることがある。「自転車」と言うより、「チャリ」と言う方が音が少ないため、より楽に、コンパクトに、言うことができる。しかし、せっかく「チャリ」とコンパクトに収めた自転車も、「チャリンコ」と呼ばれては些か心外であろう。
『"チャリンコ"?だったら自転車って呼べよ!』
と思うに違いない。「アリンコ」に至ってもそうだ。「アリ」でいいのに、「アリンコ」と言う。
いや、口ずさんでいるのかもしれない。「チャリ」と読んだ際、口がイの形になる。この、イの口では収まりが悪いのではないか。その為、話者は言いたくもないのに、「チャリンコ」と言ってしまうのではないだろうか。
自己紹介が遅れた。名を秋元と言う。まぁ好きに呼べばいい。「アキンコ」、「モトンコ」何でもいい。
精神年齢は32だ。SNSを通して関わる人間に、本当の年齢など教えて何になるのだと俺は思う。教えて得するヤツは、下手なストーカーか、よほど慕ってくれている変人だろう。どちらにせよ面倒だ。どうせ顔は合わせない関係。名前も年齢も、どれも適当だ。だったら、互いに精神年齢を教えた方が、ドライでより良い付き合い方というものが出来るのではないだろうか。伏線でも何でもないが、俺は素直にそう思う。
突然だが、小話をしたい。
精神年齢が20歳の頃の話だ。
当時、俺は大学に通っていた。
その日は朝から雨模様だった。
自宅で昼食をとり、リュックには学校から貸与されたノートPCと、使わない筆記用具にノート、それに麦茶を入れた水筒を持って、4限の講義に間に合うよう家を出た。
講義が終わり、校舎を出ようとすると、傘置き場の前に女がいた。
よくいるよな、無駄にたむろってるやつって。トイレ前とか、駅の改札口とか。生きていて、わざわざ立ち止まる必要ないだろ。
そう思いながら自分の傘をとり、校舎を出た。雨が降っていた。
「雨は好きだ。世界が綺麗になるから」と中学時代の友人が言っていたが、今は少しだけ気持ちがわかる。傘をさすと、何と言うか、境界が生まれる気がする。自分の思考に飲まれるような、妙な感覚がそこにある。まぁ、友人はただの厨二病だと思うが。ところで、「傘をさす」の「さす」って漢字で何で言うんだ?
「傘を差す」だとわかったところで、ふとコンビニが目に付いた。
<傘を盗んだ男 2>
https://note.com/holiday130501/n/n05c85231aefe?sub_rt=share_pw