傘を盗んだ男 3(終)
傘立てに俺の傘はなかった。
何度見てもなかった。紺色の、そろそろ買い換え用としていた、デートなら引かれるであろうほどの汚ねぇ俺の傘。
当時の俺はまだ知らないが、23歳の俺には分かる。最終的に、俺の傘はコンビニの傘立てにあった。
…誰が盗んだんだ?ビニール傘売っとるやろ、忘れたなら買ってけよな…。
コンビニから家まで1kmちょい。走って帰ってもいいが、貸与PCが水没でもしてみろ。傘を盗んだお前に呪いを貸与してやる。それに、盗まれた俺が買うのも癪だし。さて、どうするか…。
俺は夜、スーパーでアルバイトをしている。業務内容は、基本的にレジ打ちだ。これが滅法に暇なのだ。
結局、俺はあの傘立てから傘を盗んだ。
しかし、ひとつ思うことがある。傘立てにある傘ひとつ、取っても良いのではないかと。
俺があの傘立てから傘を取ったとして、困るのは取られた傘の持ち主だ。その方が俺と同じように困るのは申し訳ないが、もしその方の懐に余裕があるのなら、傘を買えば良いではないか。タクシーでもいいな。俺のように懐に余裕がなければ、傘立てから傘を使えば良い。傘の所有権を共有し、傘を"周す"。傘立てを通して、傘をレンタルするのだ。そうすることで、傘立てから自分の傘を探すという不便をなくすことができる。
PCの水没や盗難の鬱憤、懐の乏しさよりも、「傘の共有」この考えが俺を動かした。
あと、俺のモッズコート気に食わないんだよなぁ。フード被ったら、首の辺り細なってエリマキトカゲみたいにみえるし。
22時半。
帰ってきても、傘について考えていた。
課題に集中しようとしても、風呂に入っても、眠りにつきたくても、傘について考えていた。「傘の共有」という考え方によって3度ほど誕生日を迎えたと自負しているが、結局はこの有様。成長したと言えるのだろうか。
翌朝、今日も雨が降っていた。
2限だけ講義がある。さっさと準備しないと。
例の傘を差して、学校に向かっていた。年季の入った、青色の傘。多少凝ったデザインではあるものの、特徴的な模様でもなければ名前もない。よく見る普通の傘だ。
学校に着いた。
2限からとはいえ、学校には多くの学生がいた。傘立てに傘を立てようとすると、なんと俺の傘があった。
「は…?どういうこと?」
コンビニで俺の傘を盗んだやつが、学校の傘立てに差したというわけか?てことは学校のやつが俺の傘を盗んだということになるが…。うーん、まずは出席しに行くか。
状況を整理しよう。
昨日、俺はコンビニで傘を盗られた。しかしそいつは、学校に堂々と盗品を持ってきやがった。まぁ、俺もそうなんだが…。
くそ、授業に集中できん。勉学で何よりも大事なのは、理解するための下準備だ。ひとつ理解すると、人間はすぐに理解したつもりになってしまう。ジグゾーパズルのように知見や物事を連結させていくことで、初めて1ピースの色を深めることができるのだ。
いや、関係ねぇ。俺がやるべきことは、傘を取り替えることだろう。流石に足もつかんだろうし、何より脳内が支配されるこの気分を吹っ切りたい。講義が終わったらすぐに行こう。
傘立てに行くと、俺の傘はなかった。
1限だけだったか、やられたな。まぁ、俺が盗った傘を持っていたとして、別に不便も不安もないだろう。次、やつの傘を見かけた時に取り替えれば良い。雨が降れば、皆傘を持ってくるんだから。
翌日は晴れていた。
だが不思議なことに、傘立てには俺の傘があった。何故だ?雨の予報などなかったぞ?
今日は俺も傘を持ってないし、取り替えるまでもなく持ち帰ることはできるが…。いや、万一にも怪しまれたくない。取り敢えず、今日は帰ろう。
その翌日。
晴れていたが、傘立てに傘はあった。犯人は捨てたのだろうか。
翌日。
晴れていたが、俺も例の傘を持ってきた。
俺の傘と取り替えるためだ。
しかし、傘立てに俺の傘はなかった。もうわけわからねぇ、何なんだよ。
帰りにコンビニに寄ると、俺の傘があった。
「は…?何でここに?」
店内に客は居なかった。つまり、客は俺だけだ。
「まぁ、取り替えておくか…。」
こうして、傘は俺の元に戻ってきた。
この一件について、精神年齢32歳の俺はこう考える。
傘泥棒など怪しからん。
傘の共有などやらん方がいい。何故なら、余計な考えを生むからだ。あの日、数百円払っていれば済む話だろう。一時の気の迷いが罪を生むものだ。
オチのない話だが、この経験は俺を大きく成長させた。しかし、俺の傘を盗んだやつは何を考えていたのだろうか。やつの精神年齢を測ってみるか…。ん゛んん!?なんだと!??
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以上になります。
まずは、ここまで読んでくださってありがとうございます。
一応、書きたいことがもう少しだけあるので、自己満解説をやりたいと思っています!
まずは、初めて作品を完成させた達成感でいっぱいです。完成度や評価など、仕上げたいところもありますが…。
また、別の記事でお会いしましょう。