少数民族とスパイス
ケーララ州の滞在も終盤。今回は、先日訪ねた紅茶の産地ムナールからバスで2時間半ほどの場所にある「マラヨール」という街にやってきました。
なぜここに辿り着いたのかというと、以前クミリーで出会った現地メディアの方の情報で、少数民族の人たちが育てたオーガニックの食材を展開するマーケットがあると知ったからです。記事によると、2014年からマラヨールでは、地元行政の森林部門により「チラ」というマーケットが毎週木曜日に開催されていています。
この取り組みは、少数民族の農家の人々がオーガニックで栽培した農産物を公正な価格で売買できるようにするために始まりました。チラが始まる以前、少数民族の農家の人々は、仲買人のからの大きな搾取を受けていました。以前はアムラという健康食材として知られる木の実が、1kg がたったの1ルピーにしかならなかったそうです。それがチラの取り組みにより、1kg あたり26ルピーを受け取ることができるようになったそうです。このイニシアチブから5年が経ち、2019年10月には売上高が2000万ルピーに到達。州の取り組みとして成功事例となったようです。
さらに、チラで取引されている食材をデイリーで販売するため、昨年「イラ」という商店もオープンしました。そこで私は、マラヨールに着いてすぐに、食材を出品している少数民族の人たちについて教えてもらおうと、イラに買い物に出かけました。
場所が見つけられず間違って門を叩いたのは、政府管轄のサンダル(白檀)部門のオフィスでした。マラヨールは、サンダルウッドという香木の生産地でもあり、政府によって資源管理されています。物々しい雰囲気のセキュリティに怪しまれながらも、イラを探していると伝えると、サティッシュさんというスタッフが案内してくれることに。
商店には日用品も沢山揃っていて、地元の人が日常の買い物をするついでに、少数民族の人たちが育てた食材を購入できるようになっていました。そこで私は、「チナー」という村で育てられた「ラギ」(和名でシコクビエ)という雑穀を購入しました。
チナーに暮らす少数民族の人たちは、古くからラギ食べて生活していますが、今南インドの広域で、ラギの健康効果に注目が集まり、価値が見直されブームが起きています。
このラギを育てているチナーのワイルドライフ自然保護区は、マラヨールの中心からさらにバスで1時間ほど走った山奥にありました。政府が保護管理しているので、ゲートでの通行チェックがあります。私はゲートの目の前でバスを降り、検問の女性に、
「私は少数民族の人たちが住んでいる家に行って、彼らの食文化を学びたいのですが、何か方法はありますか?」
と訪ねました。しかし、少数民族の家に行くには森林部門の許可が必要で、短期間の訪問で許可を得るまでの時間がなく、その願いは叶いませんでした。けれども諦めの悪い私は、これまでの旅で撮ってきた、カルダモンを収穫している様子や、地元の人たちに料理を教わっている時の写真などを見せながら、思いの丈を語りました。
すると、検問の女性の計らいで、なんとチナーでガイドをしているという少数民族のシャンカーさんとお話しできることになりました。
シャンカーさんはヒル プラヤンという民族の出身でした。一説によると、ヒル プラヤンは南インドに6000年以上住んでいる部族で、「土を耕す人」を意味するそうです。過去にプラヤンは土地を奪われ、上位カーストの事実上の奴隷となった歴史もあるようです。
プラヤンの母語はタミル語で、ヒンドゥー教を信仰しています。現在ではタミルナード州に住んでいる人たちの方が多く、シャンカーさんはケーララ州に住む稀なプラヤンの一人と言えます。
彼は5年前に、自ら森林部門に声をかけて今の仕事を始めたらしく、マジョリティに統合されるのではなく、自分の意思で、自分たちの民族の価値を伝えているところがすばらしいと感じました。今ではプラヤンは指定カーストとなり、公共の仕事や大学の役職で特別優遇を受ける資格があるそうで、その枠を活用したということのようです。
近年はシャンカーさんのように都市部に暮らす人たちとのコミュニケーションも増えてきたことから、プラヤンの人たちの食生活にも変化がありました。元々はラギのような穀物や豆、野菜などをシンプルな調理方法で食べていたようですが、現在はスパイスをお店で買って、いわゆるケララスタイルの料理もするようになったそうです。
帰宅してゲストハウスのおばあちゃんに、彼らが作ったラギでパヤサムを作ってもらいました。浸水したラギをペーストにして、ジャガリー(砂糖)、牛乳、カルダモン、塩、ギー(澄ましバター)を入れ、とろとろの質感になるまで煮込みます。そうして出来上がったパヤサムは、ラギ特有のとろりとした食感が美味しかったです。
翌日、待ちに待った木曜日。チラのマーケットがオープンする日になりました。会場に行くと、そこには出品者の少数民族の人たちが、豆や野菜、ターメリックやジンジャーといった様々なアイテムを携えて集まっていました。そこに、バイヤーの人たちがやってきて、出品された食材をチェックしながら買い付けをしていきます。
また、会場には撮影クルーも来ていました。彼らはチラに出品している少数民族の人たちの暮らしを追ったドキュメンタリーを撮影しているらしく、その前日には、私も行きたかった「カンタルール」という村で、彼らの食生活についても撮影をしてきたそうです。私は撮影クルーの一人、ラウルという青年の連絡先を聞いて、公開されたらすぐにシェアしてもらうようにお願いをしました。
ラウルはワクワクした様子で、
「少数民族の人たちが育てた食材の味は、香りが強く、力強い味がするよ!ミサもぜひ試してみるべきだね。」
と言いました。そこで私はスパイスだけでも持ち帰って、実際に料理をしようと探しましたが、カンタルールで収穫されていると聞いた胡椒は、この日出品されていませんでした。
落胆していると、一人の男性が小さな袋を持って私たちのところに来て、タミル語で話しかけてくれました。袋の中には見慣れない黒っぽい木の実が。近くにいた女性が通訳してくれ、
「これはコダンプリという木の実のスパイスだって言ってるわ。」
と教えてくれました。よく見ると、確かに南インドの料理に使うコダンプリ(スリランカではゴラカと言います)のような形をしていますが、一般的な市場で見かけるそれとは違って、かなり小さなものでした。そこで、少量だけでも買わせてくれないかお願といしたところ、それなら記念に持って帰っていいよと、貴重なワイルドコダンプリをいただくことができました。
私はそのコダンプリの作り手の男性から詳し話を聞きたいと思っていましたが、その日は風邪の症状のピークで、体力がついに限界を迎えてしまいました。そこで、彼の連絡先を聞いて、メッセージでやりとりをしようと試みましたが、立っているのがやっとの状態で、せっかく教えてもらった電話番号すらきちんと保存をできていませんでした。
そのことに気がついたのは、マラヨールから8時間かけてバスでコーチンに戻った時でした。バスの中では意識が朦朧としていたので、ホテルについて横になった時に初めて、スマートフォンの履歴に残っていないことに気がつき、愕然としました。
とても残念な気持ちでいっぱいでしたが、今ではラウルたちのドキュメンタリーを通じて、彼らの暮らしを垣間見れる日が来るのがとても楽しみです。その際はnoteでも紹介させていただきますので、ぜひチェックしてみてください!