はじめての酔っぱらい
中年になると新しい経験なんてもうほぼない。
いや、全然ないんじゃないかと思ってた。
けど先月はじめて乗り継ぎ先の飛行機に置いていかれた。乗り継ぎ前の飛行機の遅延が原因。チケットには「乗り継ぎ保証」って書いてたんだけど、保証はどこ??
想定外すぎるはじめての経験に、クアラルンプールの空港で呆然となって、それから半泣きになって日本の自宅にいる夫に電話した。
そんな「はじめて」なんてぶっとぶぐらい私史上最高レベルのはじめての経験は、酔っぱらい。結論から書くと、それはそれはすばらしい世界だった。
外国とか異世界みたいに"ここ"とはちがう世界。
ちがう景色にちがう言語、自分さえもまるでちがう自分(キャラ)になったみたいだった。ちがう世界を知ったあとの自分はもう「この世界」しか知らなかった頃の自分ではないけど、バランスをとってここで暮らしていくしかない。はじめての酔いがさめたら、はじめて外国から帰国したときによく似たそんな感覚があった。
大げさじゃなくそんな感じ。
「酔っぱらう」ってこういうことだったのね。お酒に縁がなかったから知らなかったわ。くだを巻くとか記憶をなくすとか、人前で吐いたり泣いたりわめいたりするだけが酔いじゃないのね。
元職場で酒好き人の同僚に「なんで酔っぱらいたいんですか?」って聞いたときの答えが「(あなたは)幸せなひとだ」だったんだけど、答えになってないようで深い答えだった。「酒が飲めないなんて人生損してるよ」の1億倍は深かった。
飲まずにいられるなんて、酔っぱらう必要がないなんて、そんなことにお金をつかわなくていいなんて、なんて幸せな人なんだと逆に羨ましがられた。その人が酔っぱらう理由は「恥ずかしいから」だそうです。
しらふの世界でした失敗が恥ずかしくてしらふじゃいられない→酔っぱらってしでかす失敗で上塗りするんですと。酔っぱらってする失敗に比べるとしらふの失敗なんて大したことなくなるんですって。なるほど。と、その時はまったく思わなかった。
いまはその人の言ったことが理解できる。
酔っぱらう理由もわからなかったのに、もはやアルコール依存症や薬物中毒になる人の気持ちまでわかってしまった。たった一回の酔っぱらい経験で。”わかる”と”そうなる”は別の話だけど。
最初がすばらしければまたそのすばらしさを求める。反対に最初があんまりよくなくても次こそはって気持ちになるだろうな。この世界に退屈してる人、嫌気がさしてる人、刺激を求める人は深みにはまっていくだろうな。だから効果が激烈な薬物だと最初の一回が”ダメ!ゼッタイ!”なんだな。お酒で何回失敗してもやめられない人がいる理由とか、色々よくわかった気がする。世界の解像度がすこし上がった。