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すばらしき酔っぱらい世界
生まれてはじめての酔っぱらい体験がすばらしかった。
「この全過程を録音するべき!」と夫に迫りまくるぐらいに。
しらふの夫は当然”は?”ですよ。何回も拒否されたのにしつこく強要して録音した。自分で動かないタイプの酔っぱらいだった。
「スターマリオ状態の自分」を記録できるなら録音じゃなくてもよかった。最初は手書きでメモしてたけどしゃらくさくなっちゃった。半世紀ぐらい生きてきてはじめて酔っぱらったもんだから、全部が楽しくてスゴくてすばらしい!って感じすぎて「これはもう人類史に残さなければ」ぐらいに思った。ベロンベロン。
メモの何がしゃらくさいって、酔っぱらいの思考スピードに手書きじゃぜんぜん追いつけない。スターマリオぐらい速いスピードに、途中からしゃべりでも追いつかなくなった。ピーク時はジャンプカット状態に。ちゃんといい感じに余計な考えとか言葉とか自動的に編集されていく感じ。
考えたいことだけ考えて言いたいことだけ言う。
もうこの先の人生ぜんぶそれでいきたいぐらい。
それを私は私のちょっと後ろから眺めて聞いてる感じ。「おいおい大丈夫か?」とか「今めっちゃいいこと言ったな」とか思いながらも手出しはできない感じ。
録音内容をしらふに戻って聞いてみたらなんと間(ま)だらけ、夫婦のくだらない会話だらけ(ほぼ私のくだ巻き)。でも10に1ぐらいの割合でこの世の真理みたいなものが混ざってた。その割合までも完璧に思えるから不思議。真理真理真理のオンパレードはしんどい。
スターマリオになったのは思考としゃべり(録音きくとは自分だけ早回しぐらい早口)だけじゃなくて、精神もリミッター完全OFF状態。自信満々で世の理を説き、常識もしがらみも暴力も権力も何もこわいもんなし状態で過激な発言を繰り返す。スーパーハイ。典型的な酔っぱらい。
そんな無敵状態で唯一おそれていたのは、スター状態の終了。
酔いがさめたら常識やしがらみに囚われた元の平凡な自分に戻ってしまうという焦り。
しらふに戻ったら、常識もしがらみも暴力も権力も恐れる普通の自分に戻る。そしたら言いたいことが言えなくなる。そしてまた無敵の自分になりたくて酔わずにいられなくなる。それをずっと繰り返して依存症になってしまうじゃないかという不安。そうなるのはいやだ。
酔いがさめたら、あれは行き過ぎだったと思った。
異常なスター状態が終わってむしろホッとした。
リミッターが外れた身軽さは感覚として残ってる。
酔っぱらってみるまでは自分の中にあることも知らなかったリミッター。
心配しなくていいこと、起こりえないこと、起きたとしても対処できるようなことに不安になって言葉や行動を制限するリミッター。その存在に気づけば外すこともできる。酔っぱらってみるまでは、酔った自分がどうなるのか怖いと思ってたのもリミッターの仕業。酔っぱらうと逆に「しらふに戻るのが怖い」リミッターが働いた。
コントローラーが自分の手の中にあるしらふの安心感は凄まじい。スターマリオだって無敵に見えて、穴に落ちたら容赦なく死ぬんです。ファミコン初心者のとき、スターマリオのスピードを制御できずに死んだのはびっくりした。無敵やのに死ぬんかと。輝きながら落ちて死ぬんかいと。
完全に酔いがさめたと気づいたとき、世界はシンと静かだった。静かすぎてちょっとさみしかった。
無敵のスターはどこに行ったのか。何でもできるし何者にでもなれる気がしたのに、しらふの自分はこんなにもつまらないのかと。ほんのひととき気持ちが落ち込んだのも事実。スーパーハイからスーパーローに入った瞬間は。
そして今はニュートラル。
こんなつまらない世界では生きていきたくない、あのすばらしい世界に戻りたいと思う人はいるよなぁ…積極的に”あちらの世界”の住人でい続けたらこの世界では「依存症」。なぜそんな人がいるのか、想像もできなかったけど今は理解できる。
スーパーハイで無敵のスターな自分になりたいと今は思わない。
ベロンベロンとほろ酔いがどんな風にちがうのかは興味ある。
って、世の中にこんなにまじめに酔っぱらい現象(しかも自分の)を記録・分析してる人なんて他にいるかしら?こんなばかばかしいほどまじめに。
いたら見てみたいし、いなかったら誰かにこれを見てもらいたい気持ち。
*この記事には3時間ぐらいかかったよ