いつから錯覚してた?
インプット(読書)がひたすらに好きで快感で無限に続けたいけれど、アウトプット(書く)が苦痛。苦痛なだけでもないけど、時間がかかりすぎて徒労感がハンパじゃない・・・かなしい。
手書きはぜんぜん苦痛じゃない。キーボードで入力するのがしんどい。
書くことはこんなにも好きなのに。とにかく時間が飛ぶように過ぎ去るのが恐ろしくて歯がゆくてどうすればいいかわからない。
はじめてnoteの投稿ボタンを押したとき、達成感どころか敗北感まであった。何に負けたんだ私は。
時間かもしれない。30分以内にパパっと書いて投稿できそうに見積もってたのが4時間ぐらいかかって、しかも言いたいことの半分も表現できなかったくやしさか。
こんなにも大変な作業をして、こんなにもちょびっとしか得られないの?
そしてたくさんの人々にリーチすることなくネットという大海の藻くずとなって消えたも同然に人知れず漂い続けるの?誰得??
たとえ1人のもとにでも漂着することがあったとして、何がどれほど伝わるというの?まーじーで誰得なん???
という敗北感を初投稿のうきうきに隠して投稿ボタンクリックした。
あぁ、だから酔っぱらったとき「会話を録音しよう」って言ったのか。
「会話を発信する」なんて自分の中にまったくないアイデアだったのに、ずーっと何回もしつこく夫に迫って録音させたのは書くのが難しいからか。
どうすりゃいいのよ?発信したいけど書くのは時間がかかりすぎる。
と嘆くとすぐに「
それが何か問題?
むしろ好都合だよ
人生まだまだ先が長い
退屈をやりすごすして人生の時間をうめるのに最適じゃないか
それとも今すぐバズりちらかして一躍スターダムに(何の?)おどり出たいとでもいうの?
」と私の中の私が言う。
最後の「バズり~」のくだりは”それがお望みなら実現しないこともないですけど本気?”ぐらいのニュアンスを含んでるからおそろしい。
だから完全降伏するしかない。
そうだ人生はまだまだ先が長い。4時間で1記事の何が悪い?
毎日やらなきゃいけない義務でもない。ノルマもない。
好きな時に好きなだけやりゃいい。
1年間で数記事だっていい。
気楽にやりゃいいじゃない、って思う。
たしかに書くこと自体は楽しい。
そういえば私は、いつから「最速で最大数にリーチしなければ」なんて錯覚してたんだ?
*この記事は30分ほどで完成
**モチベーションをくれたのは「スキ」をくれたあなたです