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脳みそがヤバい(語彙)日は妄想

 いろんなことがあって、脳みそがヤバい日は食べる、寝る、妄想が効くと思っている。
 僕は、一定以上関係がある人達から、妄想癖がある思われている。と思っている。
 社畜の入社何年目かの時、一人の後輩が仕事でかなり悩んでいた時に彼を含めて何人かで飲んだ。あまり酒が強くない僕にははっきりと記憶していることがある。
 後輩であれ、あまり人にアドバイスするのが苦手というか好きでない。でも何か声をかけたいなと思い、結果自分の考えとして彼に伝えた。

 仕事ってなんのためにするのか、っていうと自分と自分以外に分けると、自分にとっては究極食べるためだと思う。究極、なので自己実現とかは二の次。断食して自己実現するのは片岡鶴太郎みたいな一部の人だけだろう。
 では自分以外はと言うと、会社の仲間、家族という狭義から広義までの身内の幸福水準を上げること。身内以外については人によって基準は異なるけど、身内以外の社会や顧客等の幸福水準を上げることが、仕事の目標といって誤ってはいないだろう。
 仕事して今酒が飲めているから自分はある一定水準では生存しているので、後は自分以外のところを考えてみよう。自分以外の人間及び社会の水準を上げるとは、この文明社会においては文化、文明、技術の発展に寄与することではないか。では、その発展の先にあるのは何か。人間の発展の究極系は何か。それは時間的・物理的に人間の生活を広げ維持向上させること。物理的には突き詰めると宇宙。時間的には永続的な社会の実現であり、これは突き詰めると、地球の生命体として恐竜やカンブリア爆発期の大量絶滅の二の舞を踏まないということだ。
 そう、後輩君、僕は宇宙と恐竜レベルに話を拡大して、悩みを回避しているんだよ。
 ということを微アルコール状態で話した。彼は人のいい人(人のサンドイッチ用法)なので、笑ってくれた。今後も宇宙と恐竜を想像して今みたいに、馬鹿らしいと笑ってくれればいいな、と思った。
 あれから何年か経ち、それぞれ全く違う部署で社畜していたが、2・3カ月前にさわやかだけど丁寧な異動の挨拶メールをくれた。嬉しかった。恐らく昇級の伴う異動であるので、お祝いのメールを返したらまた返信がきたので、こちらからはもう返信はしなかった。彼の異動先に同期がいたので、老婆心だけど、彼をよろしくね、というメールを送っておいた。そのメールに返事はまだ来ていない。長いな~。

 さて、僕は妄想が好きな人間だ。今日の妄想紹介なんだけど、これは結構前から間違いには気づいているんだけど、人に言いたくなる妄想だ。

 西遊記の方の孫悟空(親子で声が一緒じゃない方)は、三蔵法師と出会う前にある職位を与えられていた。それが、馬の管理をする役割で、その役職名を「弼馬温(ひっばおん、ひつばおん)」という。
 一方、馬の祖先にあたる動物に「ヒッパリオン」という学名の動物がいる(いた)。さらにその祖先にはメリキップスというのもいる(いた)。
 すごく名前が似ている。これに気づいた時は古代のラテン語と中国語(とはいってもかなりの語族があるが)にも何かしら共通するものがあるのか?とか思った。
 ただ、落ち着いて調べ、考えてみると
  弼:中国の低級官位  馬:おうまさん  温:落ち着かせる
という意味があり、たまたまの類似であるでろうことがわかった。
 調べるまでは美味しく妄想できた。

 言語学というのか、このように各語族の類似性や共通性を探るのは、誤った考証であると言われているらしい。
 例えば、メキシコ原住民の履物の名前に「ワラッチェ」というものがあるが、日本人の中の俗説でこれは草鞋(わらじ)が語源だ、というものがあるらしい。これも単なる偶然の類似だ。
 ただ、「母」を表す各国の言葉を調べると
   デンマーク:モア
   タイ:マー
   ロシア:マーマチカ
   イタリア:マンマ
    ※それぞれ日本語に置き換えた発音
 とかなり似ている。これは、赤ん坊が発音を獲得する経緯にて、口を閉じた状態から開いた状態にする際に音をはっすることが容易だかららしい。マ行、パ行がそれにあたる。
 日本語の場合は、食べ物の「マンマ」がそれにあたるらしい。日本人の食の恨みは強いときいたことがあるが、なるほど、日本人らしい。
 後半はあまり妄想ではなかったが、僕はこういった「乳児の言葉の獲得」という文化の壁を越えて共通する事柄っていうのは、もう少し複雑なものにも発見できるのでは、と妄想している。弼馬音とヒッパリオンは違ったが。。。

 西洋、キリスト文化圏では蛇は凶兆(アダムとイブに知恵の味を食べることをそそのかした)としてとらえられ、日本においては神聖あるいは畏れ(和魂、荒魂)として捉えられる。相反しているように見えるが、根幹は”人智を超えた象徴”として共通している。
 鳥には蛇が来た際に仲間に警戒を促すパターンの泣き方をする種類があったり、確かボノボという霊長類も蛇が出ると群れ単位で相当に警戒をするらしい。
 こういったように、深層心理、無意識といったところに共通し内在しているイメージというのが、人間の文化や、もしかすると動物種の壁を越えて共通したものとして存在するのかもしれない。
 よくSF等で「遺伝子に記憶が刻まれている」というような描写を見かけるが、残念ながら遺伝子にはたんぱく質を構成するアミノ酸を指定するコードしかなく、記憶は保持できない。なのに、深層心理にて共通するものがあるのはなぜだろう。
 そこまで行くと、何かしら神性を感じたりする。神性なのかインテリジェントデザインなのか、スパゲッティモンスターなのかは、それほど問題ではない。
 もしかしたら、我々生命体の本質は高次元に存在し、3次元における影のみが、今こうして生きている我々なのかもしれない。
 
 高次元においては下記は存在しない、もしくは実態の無い影である。
  ・人間ドックの要精密検査項目
  ・覚えのない引き落とし請求
  ・プーチン
  ・カブトムシ
  ・どこにいったかわからないコロナ給付金の請求書類
  ・左脛の謎のイボ
  ・カブトムシ
  ・ここ半月間見かけない近所のコンビニのドストライクなお姉さん
  ・謎の胸やけ
  ・カブトムシ
  ・まだ終わっていない報告書類 × 14
  ・カブトムシ
  ・ベルセルク未完
  ・10月三連休前の降雨の不安
  (稲刈りの日程が変わると10/9@京都MUSEに行けない。。。)

 おし、大丈夫になってきた。生きていける。

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