パソコンから再び異世界へ|月神の娘・その3
「ただいま~・・・・」
家に着き、自分の部屋に入る早々、愛用のデスクトップパソコンにスイッチを入れる。
それは高校生の時から愛用しているパソコン。
それまで居間にあったのを、大学に受かってからレポート作成などがあるからと言って自室に置くようになっていた。
そのモニタが明るくなるのを見つつ、渚はごろんとその横にあるベッドに転がる。
渚はあれからまだ忘れることも、そして、割り切る事もできずにいた。
そう、異世界であった夢のような出来事、そして、そこで会って恋をした一人の青年の事。
それでもあれから約3年が過ぎ、一時よりは落ち着いてきたことも確かだった。
ゲームの世界での出来事は、遠くなつかしい思い出のような感覚も受ける。
それでもそこでの事実は時として鮮やかに蘇ってくる。
そして、女々しいぞ、と自分をしかってみる渚だが、それでもどうしようもなかった。
「私って・・・なんでこう割り切りが悪いのかな?」
千恵美から何度いい加減に勇者様から卒業しろ!と言われたことか。
異世界での話をしても、頭から夢だと千恵美からは、あれからも散々からかわれていた。
「現実に目を向けろって言われてもねー・・・
私だって、自分がこんなにうじうじといつまでも引きずるなんて思わなかったわよ。」
パソコンの画面には、高校2年の時部活で作ったゲームのマップが表示されていた。
異世界へ行くきっかけになったゲーム。
いや、本当にそれがきっかけになったのかもどうかわらかなかったが、ともかく、その世界は実在し、今渚が目の前にしているパソコンの画面から出入りしたことも確かだった・・・・・と渚は思う。
「一度あったんだから、またあってもいいのに。」
時が過ぎていくにつれ、本当にあったことのはずなのに、自分でもそれが夢だったのでは、という感覚に時々襲われてもいた。
「どうなったのかな、世界は?・・・ララは元気かしら?・・・イルは…おじいさんの家にいるのかな?」
はじめてイルと出会った山の中の一軒家を思い出しながら、つん!と画面を指で弾く。
「ちーちゃんなんか、あの時から何人彼氏替えたかしら?」
いつまでも一人の、しかもこの世界の人でない人を想っていても仕方ない事だから、いい人を見つけて新しい恋でもすれば、と自分でも思ったが、そんなに簡単に思い通りにいかないのが、人の心である。
否定すればするほど、しまい込もうとすればするほど、渚の心の中に恋した異世界の人、イオルーシムはいるのだと再認識させられる。
「最近とくに部長がうるさくつきまとうし・・・・そんな気分じゃないのよねー・・・。」
洋一の事は高校時代からのくせで、未だに部長と呼んでいた。
今は7月の半ば、大学はすでに夏休みだが、小中高が夏休みになるその時期が近づいてくると渚は沈みがちになる。
それは、やはり異世界でのこと…いや、イルのことをどうしても思い出してしまうからだった。
つい真夜中までパソコンの前に居続けてしまっているのだが、別にゲームをしているわけでも、レポートを書いているわけでもない。
そして、そついにその心配はその日2回目の起動時に突然起こった。
「ああ~~っ!き、起動しないっ?!」
なんとパソコンが、うんともすんとも言わない。
「うそでしょぉ~?!昨日まで・・ううん、帰って来たときは立ち上がったじゃないっ?!」
青くなって渚はハードディスクランプが点滅していないのを確認して、スイッチを入れ直す。が、数回やっても画面は真っ暗のまま。
ひょっとしたら、と電源プラグまでも確認したが、きちんと入っている。
「もう・・だめ?」
システムディスクを、そして他のゲームも試してみる。・・・しかし、立ち上がる気配はない。
「そ、そんな・・・もう会えないじゃないっ?!」
(アレスにセリオスにアッシュにさおりちゃんにニーナに・・その他大勢に・・もう会えないじゃないっ!)
ゲームの主人公の名前を叫んで、ぐわーーん!と脳天にハンマー状態の渚は嘆く。
彼女は『イルに』とは思わなかった。
無意識にそう思うことを避けていたということが本音だろう。
思ってしまえばそれが本当になってしまうような気がし、心の奥でそれにベールをかけていた。
数週間前からどうも起動時がおかしいとは感じていたが、まだ大丈夫だろうと思っていた、いや、思いたかった渚は真っ青になる。
「いけないっ!レポートの書きかけファイル、まだ印刷してない!」
万事休す・・・・。
「お願いだから立ち上がって!1回だけでいいから、そうしたらずっとつけっぱなしにしておくから。」
それも無理な事だと思えたが、今の渚はそう願いながら、あれこれと試してみるしかなかった。
そして、その夜遅く。
悪戦苦闘していた渚はパソコンの前で寝てしまっていた。
その暗闇の中、すっと電源ランプがつく。
そして、入れっぱなしのゲームのDVDを読み込み始めた。創世の竪琴のゲームの。
-ヴン!-
パソコンの画面が明るくなってくる。
「・・・ん?」
そのまぶしさで渚が顔をあげたその瞬間、画面からまばゆいばかりの光が出、渚は
その光に包まれたことを感じると同時に意識が遠くなっていく感覚を覚える。
(もしかしたら……行けるの?)
遠くなっていく感覚の中、小さく呟く渚の胸は期待で大きく鼓動していた。