再びゲームの世界へ|創世の竪琴・その40
パソコンの画面からにじみ出た靄に捕まれた渚は、気づくと黒の森だった森の入口近くにある廃墟に倒れていた。
それは大昔、ディーゼ神殿に仕えていた魔技たちが住んでいた、ごく小規模な住居跡。
「う、う~ん・・・・ここは?廃墟・・みたいね。多分・・あの世界に来たんだと思うけど・・・・でもこういう所って何かいいアイテムが手に入るものなのよね。」
どういうわけか道案内を頼めるララがいない。
もし、どこかに飛ばされたか、助け手を求めて行ったのなら、動かない方がいいと思った渚は辺りの探検としゃれこむことにした。
が、本当はイルが死んでいたら、という考えを振り払う為だった。
渚は、ほとんど崩れかかっている家々を隈なく探し回った。
「何にもない・・・・」
諦めかけていた時だった・・・
-バキ、バキッ-
廃墟の丁度中心にある少し大きめの家の中を歩いていると、急に床が音を立てて割れ、渚はそこから落ちてしまった。
「きゃーーーっ!」
そこには通路があった。
「いったぁ~・・・・」
渚はお尻を撫でながらその通路を進んでみる。
「この紋章は・・・確か。」
行き止まりの扉には竪琴と剣を形どった紋章が彫ってあった。
それはディーゼ神殿で渚が見たものと同じ。
「う~ん・・・押しても駄目なら引いてみな・・引いても駄目なら・・・駄目だわ、引っ張る所がない・・・・・。」
把手もないその扉はびくともしない。
仕方なく渚は上へ上がる階段を見つけて外へ出た。
「ふう・・どうしようか。ここがどの辺か分かれば・・・」
森から吹いてくる風はとてもやさしく、空は雲一つ無く真っ青。渚はその家の前の広場でちょうどいい石を見つけると、その上に座りじっと空を見上げていた。
「イル・・・死んでなんかいないわよね?」
いつの間にか考えないようにしていたイルの事を思っていた。
「チュラッ!」
「ララッ!やっぱり一緒にこっちに来てたのね。お前どこに行ってたの?」
ララが跳ねて来た。
思いも掛けない、いや期待はしていただろう人物を後に従えて。
「渚。」
座り込み、ララを手に乗せた渚は、人影に気づき見上げた。そこにはイルが立っていた。
「イ・・・イル・・ほ、本当にイル?・・」
「ああ・・・渚こそ・・無事だったんだな。」
渚の目に涙が溢れだし、頬を伝い始めた。全身が震えていた。
「イル・・・・」
イルは胸に飛び込んできた渚をしっかりと抱き留める。
「渚・・・よかった・・・。」
じっと見つめ会った2人は、お互いの存在を確認していた。
どちらからともなく唇を近づけると熱い口づけを交わした。
「渚・・・」
イルの唇が渚の唇から離れ、首筋へそして渚の胸へと移っていった。
「あ・・・イル・・」
「渚・・」
渚はイルの熱い口づけに酔いしれていた。
と、何か冷たいものが胸に触れ、びくっと全身を震わした。
その感触に、渚は確かに覚えがあった。
それはあの黒の魔導士、ゼノーの冷たい唇の感触と一緒。
「えっ?」
目を開けた渚が見たものは、イルの耳に下がる黒銀のイヤリングだった。
「い、いやあっ!」
渚は恐怖に駆られ、イルを突き放しそばを離れた。
「渚?」
イルは渚の行動が理解できなかった。どうして?、と思いながら身を固くして震えている渚を見た。
そして、ふっと気づいた、黒銀のイヤリングの事を。
「渚・・・これは、これは俺が気づいた時、どういうわけか着いていたんだ。どうしても取れないんだ。・・・」
イルは渚にゼノーの声の事を話した。
そして術に陥ったようになって渚をここへ呼んでしまった事を。
「あ・・・」
渚は後悔した。
一瞬とはいえ、イルが本物なのかどうか疑ってしまった事を。
突き放してしまったことを。
「ご・・ごめんなさい・・私・・私。」
「い、いや・・・お、俺も・・ごめん・・」
「う、ううん、イルは悪くない。」
ふと、思いついたイルは腰袋から銀の剣を取り出すと、渚に近づき彼女の耳のイヤリングに着ける。
「あ、ありがとう。見つけてくれたのね?」
「ああ、あの闇のオーブの前で。」
イルは今一度渚をこの腕に、という感情に駆られたが、ぐっとそれを堪えると、渚に背をむけ、辺りを見回した。
「そ、それで・・ここはどこなんだ?」
「イル、知らないの?」
「ああ、森を歩いていたら、いきなりララが飛び出て来たんだ。
後は、ララを見失わないよう走って追いかけてきたから・・・だいたいの方向くらいは、わかるんだけどな・・・。」
「ふ~ん・・何の廃墟なのかしら?あっ、そうだ!」
渚は目の前の家の地下でディーゼ神殿にあったものと同じ紋章のついた扉があった事を話した。
「う~ん・・やっぱり行ってみるべきだな、それは。」
「でしょ?でもさっきは開かなかったんだけど・・・」
「とにかく、もう一度行ってみよう。」
ひとまず目的ができた事で、少し気まずくなってしまった雰囲気が和らぎ、2人はほっとした。
しばらくはお互いを意識し合わなくてもいいようだ。
気が楽になったような、少し残念のような、おかしな気持ちだった。