役目を終え、あとは帰るのみ?|創世の竪琴・その64
「う、う~ん・・ここは?」
渚は町の宿屋の1室で目が開いた。ふと見ると横のベッドにイルが寝ている。
「気がついたかい、渚?」
枕元でファラシーナの声がした。
「ファラシーナ?・・わ、私?」
渚はファラシーナの方を見ると聞いた。
「もう3日も眠ったままだったんだよ。余程精神力が要るんだね。」
ファラシーナが微笑んで言った。
「そうですね。丸1日竪琴を弾いていましたしね。
イルも今、目が開いたところなんですよ。」
ドアを開け、部屋に入って来たリーが微笑みながら言った。
「渚もそろそろ目が覚めるのではないかと思い、紅茶をいただいてきました。」
リーは二人のベッドの間にあるテーブルに紅茶を置いた。
「あ、ありがとう。喉カラカラよ。」
「起き上がれるかい?」
「う、うん。ありがとう。」
起き上がるのを手助けしてくれたファラシーナに礼を言うと渚はカップを手に取った。
「俺も。」
イルも起き上がるとカップに手を延ばした。
2人の視線が会い、渚は真っ赤になって慌てて紅茶を飲んだ。
竪琴を弾いていた時、イルの温かい心がしみ込んでくるのが、痛いほどわかり、同時に自分のイルに対する想いも、はっきりと分かった事を思い出していた。
(もうすぐお別れ・・もうすぐ・・)
渚は、ファラシーナが興奮したように話す、白い世界が変わっていく様を微笑みながら聞いていた。
が、イルとの別れを思い、渚の心は沈んでいた。
(イルとは離れたくない・・でも・・ここにいる訳にもいかない・・・)
『あれを見たら、あんたたちの間には入れないってつくづく思ったよ。』という言葉を残してファラシーナは彼女の仲間の所に戻って行き、リーは山賊家業から足を洗ったばかりで、苦労してるだろうから、とザキムたちの所に戻って行った。
渚とイルは、ニーグ村に一端戻り、村長夫妻を初めとする村人の大歓迎を受け、そして、今、あらためてディーゼ神殿の女神像の前に立っていた。
その像を見ながら、それまでの事を2人は思い出していた。
別れを思い、お互い言葉が出ない。
じっと女神像を見ながら身動きもせず、静かな時だけが過ぎて行った。
『渚・・イル。』
突然、像から声がした。
2人にはそれが女神ディーゼの声だとすぐ分かった。
やさしく心にしみ入るような声だった。
「女神様・・」
渚は思わず呟いた。
『渚、イル・・ご苦労さまでした。
そなたたちのおかげで、世界は救われました。わたくしからも礼を言います。』
渚とイルの耳に付いているイヤリングが、光を放ちながら、静かに離れ、クリスタルの器に入っていった。
同じ器に寄り添うように納められた2つの剣と2つの竪琴を見る渚の目からは、大粒な涙が零れ頬を伝う。
「わ、私・・・・」
『渚・・また、会える日が来ます。
・・時の輪が交差する時・・2人は、必ず・・』
「渚・・・」
「イル・・」
お互いを確認するかのように、固く抱き合い口づけをする2人を光が包み、そして、イルだけを残して、渚は光と共に消えた。
「イル・・いつかまた会えるわよね。本当に。」
自分の家に戻ってきた渚は、しばらくそこに座ったまま身動きもせず、じっとパソコンの画面を見つめていた。涙が次々と溢れ、止まらない・・・・・。