救出に向ったもののすれ違い|創世の竪琴・その46
「水晶の精よ、我が呼びかけに応えよ、我が願いを聞き届けよ・・・娘の居場所を、我に示せ・・・渚という名の娘の居場所を・・」
不幸中の幸い、助けようとして助けられた山賊に襲われていた旅人の一団は、イルと渚が探していた高名な呪術師シュメの属する(率いる?)ジプシー団だった。
そのシュメに、渚が捕らわれているだろう場所、山賊の住処を水晶球に映し出してもらったイルは、さっそく渚の救助に向かう。
イルの深手を癒やしてくれたジプシー団きっての舞姫、ファラシーナと一緒に。
ダガーの達人でもあり回復術も使えるからと言って、無理やりイルに付いてきたのである。
イルにとっては良い迷惑でしかないが、彼女はいくら無視しようが一向に気にしないといった様子でその妖艶なまでの身体を寄せるようにしてイルをくどき続けている。
「ねぇ、イルぅ~・そんな素っ気なくしないでさぁ~・・・ねぇ~ったらぁ~・・」
「・・・・・」
イルとしては、今の状態を見た渚がどう思うか、分かりすぎるほど分かるだけに、なんとか巻きたいところだったのだが、自分から全く離れないファラシーナでは、どうしようもない。
町から2、3時間程歩いてきた所で、前方に人影が見えてきた。
イルはその人影を認めると急に立ち止まる。
「イルー・・・イルでしょ?無事だったの?」
それは、渚だった。山賊に連れ去られたはずの。
「な・・渚?」
イルは訳が分からなかった。
渚の後には5、6人の男が付いてきていた。
呆然としてイルが見ていると、渚が何やらその男たちに話し、男たちは1人を残して来た道を帰っていった。
「何、何?もしかして、あの娘なのかい?助けに行こうとしてたのは?」
「・・・・・あ・・ああ・・」
「きゃははははっ!傑作だねぇ!騎士様が愛しの姫君をカッコ良く助けようと張り切ってたのに・・・お姫様は自分で逃げてきちゃったなんて・・・きゃははははっ!」
イルは苦虫を潰したような顔をしてファラシーナを睨んだ。
「おお。恐・・・でも睨んでるとこもなかなかいいねぇ・・・イルぅ?」
ファラシーナはいきなりイルの首に両腕をかけると、口づけをした。
「フ、ファ・・・・」
ファラシーナの腕を解こうとしても、絡みついたように、離れない。
イルがそうしてじたばたしているうちに、渚はすっと横を通り過ぎて行く。
その顔は明らかに怒っている顔。
それは、まさにイルが懸念していた事態。
「あっ、おい、渚!」
ようやくファラシーナから逃れたイルは、慌てて追いかける。
「渚・・・おい、渚、待てって!」
イルは渚の肩を掴むと、自分の方を向かせた。
「何よ、何か用?」
渚にしてみれば、イルがどうなったのか、心配で心配で仕方なかった。
それが、会ってみれば、他の女とのキスシーン。
怒らないほうが不思議である。
それも自分よりうんと大人で女っぽいファラシーナ。
渚の心の中は嫉妬の渦が巻いていた。
「何者だ、お前?渚様に何をするんだ?」
立ち去ったと思われた男たちが、慌てて駆けつけイルに剣を突きつけてきた。
囲まれてしまったイルは訳が分からず、どうすることもできない。
ファラシーナもその男たちには驚いて、ただ立ちつくす。
男たちは5人、その恰好からして普通の人間ではない。
まるで、山賊のような恰好だ。
「渚様、この男は?」男たちのボス格と思われるがっしりした目つきの悪い男が、イルに剣を突きつけながらそのドスの利いた声で渚に聞いた。「知らないわ、私。人違い・・・」
渚はそっぽを向いて答えた。
「な・・渚っ!」
イルは完全に焦っていた。
「あっ、でも、もう町も近いから、いいわ。リーがいれば。」
「し、しかし・・まだこいつの様な奴が・・」
男たちはしっかりイルに剣をつきつけたまま、睨んでいる。
「リーだって魔法を使えるんだし・・大丈夫。
・・・それに、その男だって懲りたでしょ。」
渚はイルを顎で指した。
「はっ。では、わしらは戻りますので。
またいつでもお立ちより下さい。
何か困った事があったら、何時でもご連絡を。
わしらでできることなら、何でもします!
お頭も待っておりますので。
では・・・野郎共、帰るゾ。
リー、無事、渚様を町までお送りするんだぞ。」
「はい。」
リーと呼ばれたフードをすっぽりかぶった男は、優しい声で静かに返事をした。
男たちはイルから剣を引くと素直に来た道を戻っていく。
イルとファラシーナは今の状況が理解できず呆気に取られてそれを見ていた。