忘れられない異世界の恋人|月神の娘・その2
「渚!」
大学からの帰り、駅のホームで電車を待っていた桂木渚の肩をぽん!と叩く手があった。
振り向いた渚の目に写ったのは、にこやかな微笑みと共に後ろに立っていたのは、彼女の親友である結城千恵美。
「ちーちゃん!」
「休みなのに学校?」
「うん、ちょっとね。」
「私はバイトの帰り。今日は早番だったから。渚は?」
「あ、えっと~・・・・」
ホームにある出口への階段を見た渚の視線にそって千恵美もそっちを見る。
と、ちょうど階段を駆け上がってくる一人の男の姿が目に入った。
「なんだ・・・デート?」
「そ、そんなんじゃないわよ!・・ただパソコン買うから一緒に見てほしいって言われただけで・・。」
焦って言い訳する渚に、千恵美は、からかうような視線を投げる。
駆け上がってくるその男の名前は山崎洋一。
渚も千恵美も高校時代同じ部活に席をおき、2年の時は一応部長をしていた人物である。
お互い大学3年になった今、千恵美とは学校が違ってしまったが、洋一と渚は偶然(?)同じ大学であり、時々洋一がなんだかんだと用事を作って誘っていた。
「ごめん!待った?」
はー、はーと荒い息をしつつ、洋一は2人の前に駆け寄ると笑顔を見せる。
「電車1本乗り損ねたわ。」
「ご、ごめん。ちょっと香ちゃんに雑用言いつけられちゃって。
一応急いで片づけてきたんだけど。」
頭をかいてあやまる洋一に、仕方ないというようにため息をつきながら、渚は線路の方へ向きを変える。
香ちゃんとは・・・洋一が選考している学部の助教授である。
断っておくが、男である。
いつもにこにこわらって人当たりがよく、少し童顔で背の低い彼は、みんなからそう呼ばれている。
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「・・っと・・・・・」
ちょうど渚の後ろに2人は立っていた。
その洋一の脇腹を、千恵美がつん!とつつく。
「なんだよ?」
洋一は千恵美に小声で聞いた。
「『なんだよ?』じゃないでしょ?まだぼやぼやしてんの?」
「ぼやぼやって?」
「パソコン見に行くってなによ?
もっと普通に誘いなさいよ!普通に!」
「そんなこと言っても、桂木がだな・・・・」
「何?」
「あ、ううん、・・・ど、どんなパソコン買うつもりなのかなって聞いたの。」
「ふ~~ん。」
2人の会話に振り返った渚に焦りながら千恵美が答える。
「そうでも言わなきゃ話にも乗ってくれないんだぞ?」
再び渚が前を向くと、言い訳の続きをする洋一を千恵美は睨む。
「・・・まったく・・・・・気が小さいんだから・・・どうせまだ告ってないんでしょ?」
「桂木の態度見てて、そんな勇気でると思うか?」
「いいから!さっさと告ってなるようになっちゃえば?」
「『なるように』って・・んな無責任な・・・・そうだ!結城なら聞けるだろ?」
その言葉に、千恵美は思いっきり軽蔑の眼差しを洋一に向ける。
「男らしくないわね!だいたい何年片思いしてるのよ?!」
その言葉に洋一はぎくっとする。
「やっぱ高校の部活の時さんざんからかったのが悪かったんだろか?」
「当たり前でしょ?渚はにぶいんだし!」
「あ~あ・・オレも青かったんだよな~~・・・」
「ば~~か!後悔するにはまだ早いわよ!
パソコンやめてデートコースにしちゃえば?
まずは、おしゃれなレストランとかカフェとか?
今からでも遅くはないぞ?!」
「そんなこと言ったって、今日だってパソコン買うからって言って、なんとか引っぱり出したんだぞ?あいつも買いたいって言ってたのを聞いてたからさ。参考になるから見にいかないかって、ほとんど強引に・・・」
「電車来たわよ?」
「あ・・・・」
2人で話が盛り上がって(?)いたところに、またしても急に振り返った渚に2人は必要性のない焦りを感じる。
-ゴトンゴトン・・-
ホームにゆっくりと電車が入ってくる。
「ちーちゃんが一緒に行くんなら、私、帰っていい?」
「え?」
「は?」
「私よりもちーちゃんの方が他の機種には詳しいし。私は、ほら、ゲームしかしてないし、ちーちゃんみたいにいろいろ調べててわかってるわけじゃないから。見に行ってもわけわかんないし。」
「そ、そうじゃなくて・・・」
「あ、あのね、渚・・」
「あ!ちょうど電車来てる。・・じゃ、私、帰るから、またね。」
-ジリリリリ-
同じホームの反対側、扉が閉まりかけていたその電車へ飛び乗って、渚は行ってしまった。
「あ・・・・・・」
「ご、ごめん・・・私が内緒話みたいに話してたのが悪かった・・のよね?」
-ジリリリリー
そんなことをしている間に、乗るつもりだった電車も発車してしまった。
渚のその行動は2人が後ろでぼそぼそ話していたことに対してでも、そんな2人にやきもちを妬いたというわけでもなかった。
朝の電車の中で洋一と会って、ほとんど強引にパソコンの下見につきあうことになってしまい、どちらかというとホームで千恵美に会えたのはラッキーだと渚は思っていた。
そして、2人でパソコンの話で盛り上がっているようならちょうどいいと渚は判断した。
頼み事をされると断りきれない渚には願ってもない口実だった。