いざ、転移の魔方陣で出発!|創世の竪琴・その55
「では、始めましょうか。」
リーがイル、渚、ファラシーナの顔を見回すと静かに言った。
翌日、一行は隠れ家からあまり遠くない小高い丘に立っていた。
じっと彼らを見守る山賊の仲間。
リーは精神を集中し魔方陣を描き始めた。
彼の指が精霊文字を宙に描き、それが地面に描いた円内へ収まっていく。
精神で描かれた緑銀の魔方陣が出来上がっていった。
「す、すごーい!」
渚は思わず呟いていた。
「それでは、お頭、みなさん、お世話になりました。行ってきます。」
「おうっ!渚様を頼むぜ、リー。」
ザキムが仲間を代表して叫ぶ。
「では、みなさん、魔方陣の中へ入って下さい。」
リーはザキムの言葉に頷くとイルたちを促した。
イル、渚、ファラシーナが中に入ると、リーは静かに呪文を唱え始める。
「我が声を聞きし我が友、風の精霊よ、我が願いを聞き届けたまえ・・我等を、遥か北方にあるフリーアス山の頂上に、炎龍の眠る洞窟へ運びたまえ・・『風飛翔!』」
-ヒュゥゥゥゥゥ・・・・-
魔方陣の中心から風が舞い上がり、一行を取巻いた。
「ここは?」
風に送られ、一行が目にした光景は、予期していた雪山でなく、見たこともない冷たい風が吠えるように吹く荒野だった。
当たり一面草木1つなく、どこまでも荒れた岩地が続いていた。
「あっ、リー。」
声もなく倒れるリーに渚は慌てて手を差し延べた。
イルもそれに気づき、手を延ばす。
「リー、大丈夫?」
イルに抱き起こされたリーは苦しそうに話す。
「すみません。術を何者かに邪魔されたようです。」
丁度私が闇の魔方陣に出ずに、廃墟に出てしまったのと同じなんだ、と渚は思った。
「何者かって・・・誰?」
「・・分かりません。が、私と同じ精霊使いか・・後は・・・風龍くらいでしょう。」
「風龍・・・・」
「うう。寒っ!こんな冷たい風の吹く所にいたんじゃ凍えちまうよ!どこか風のあたらない所へでも行かなくちゃ。」
ファラシーナがその辺を見て来たらしい。
荒野を下ったところに家らしいものが見えたというので、そこへ向かう事にした。
イルが意識を失ってしまったリーを背負うと、一行はその場所へと歩みを進めた。
「な、何?ここ・・誰もいないみたい・・。」
その2階建ての家はシーンと静まり返っていた。
表を吹き抜ける風の音だけが聞こえている。
「まるで・・お化け屋敷みたい。」
渚は入りながらぞくっとした。
「こんにちはー!」
いくら呼んでも返事はなかった。
「とにかく何処か休める所を探さないと・・」
イルがリーの重みに耐えかねて言う。
「あたい2階を見て来るよ。」
ファラシーナが階段を駆け上がり、イルはそこにそっとリーを下ろした。
そこはがらーんとし、家具も何もなく、ただ暖炉があるのみ。
薪も置いてなく、風は遮ったとはいうものの、寒い事には変わりなかった。
「奥の台所にも何にもない。
ただ、ポットと食器が食器戸棚に入っているから使えそうだ。
それと、裏から出た所に井戸があったから、水をくんでこればお湯は沸かせれるな。
あったかいお湯でも飲めば少しはあったまるんじゃないか?」
奥を見てきたイが報告する。
渚はこんな事ならインスタントコーヒーやカップ麺をリュックにでも入れてパソコンの前に座っていれば良かったと思ったが、今更どうしようもない。
「外に薪があったぞ。」
家の裏で見つけた薪を持ってくると、イルはさっそく暖炉に火をつける。
「イル、寝室は使えるみたいだよ。」
ファラシーナに言われ、とにかく寝室にリーを運ぶとそのベッドに寝かせた。
2階に寝室が4つ、1階は入ったところの広い玄関ホールのような部屋と奥にダイニングとキッチンそしてバスルーム。
「どうしよう?」
お湯を飲みながら、3人は暖炉を囲んで相談した。
「とにかく、リーの回復を待ってまた魔法で移動するしかないだろう。
ここが何処かも全然分からないんだからな。」
「そうだね、下手に動かない方がいいよ。それにもう暗いし。」
「でも毛布だけでもクローゼットの中にあってよかったよね。
でないと凍え死んじゃうところだから。」
「う~ん・・あたいは、イルと温め合った方が良かったような・・・」
「渚、もう一杯!」
イルは話題を変えようとファラシーナの言葉を聞き流すように慌ててカップを渚に差し出す。
「はい、イル。」
渚は苦笑を浮かべながらカップにお湯を注ぐとイルに渡す。
イルは一口飲むと再び話し始める。
「ああ。だけど、ホントにここは何処なんだろうな?」
「さあ?」
「俺はここで起きているから、渚とファラシーナはもう休んだ方がいいぞ。」
欠伸をし始めた渚に気づき、イルが言った。
「で、でも・・・。」
「いいから・・。」
渚はファラシーナの事が心配だった。
今にもイルを誘惑しそうな気配。
「チュラッ!」
ララがひょこっと渚の衣服の中から顔を出した。
パソコンの前での一件以来、ララは時々渚の胸に入るようになってしまっていた。
いくら渚が出そうとしても無駄で、ついには渚も根負けしてララの勝手にさせていた。
最も直接ではなく、下着と服の間なので、渚も仕方なく許したのだが。
ララは飛びだすと、ピョコンとイルの肩に止まった。
まるで渚の心配が分かり、安心させるかのように。
「かっわいい!これ、ベビースライム?」
「チュチュラ!」
ファラシーナが手を延ばすと、ララは怒ったように睨んだ。
「とと・・嫌われちまったみたいだね。」
慌てて手を引っ込めたファラシーナを見て、渚とイルは目を合わせ苦笑いをした。
「まぁ、いいや・・・あたいも寝るよ。」
大きく欠伸をするとファラシーナは上がって行った。
「じゃ、私も。お休みなさい、イル、ララ。」
「ああ、お休み。」
「チュラ。」