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恋心と決意|国興しラブロマンス・銀の鷹その32
今後、どう軍を進めていくか、ますます激しくなっていく戦況に、それに対する念密な計画を立てるため、そして、その為の資金繰りのため、その地での滞在は伸び続けていた。
というのもその地を後にすると、資金援助を頼めれるような大きな街はない。そして、街の自警団とは言え、かなりの兵力を持つその街は、安全度も高かった。勿論、ガートランドに抵抗している数少ない街の一つでもある。
「なー・・」
「どうしたの、あらたまって?」
その夜もアレクシードは商人の館へ出かけており、セクァヌは相変わらず集まりに顔を出していた。
そして、訓練の合間、横に座ったハサンがごほん!と咳払いをしてから、いつもと違った雰囲気で彼女に話しかけてきた。
「名前を聞いちゃいけないか?」
「え?」
「あ、いや・・・言いたくないんだったら、構わない。無理にとは言わないが・・・」
「あ・・・・」
できたら教えて欲しいと語っているそのハサンの態度に、セクァヌは戸惑い、慌ててハサンから燃えさかっている火の方へ顔を向ける。
「私・・・・」
困ったようなセクァヌに、ハサンは明るい笑みを見せる。
「気にしないでくれ。困らせるつもりじゃなかったんだ。ただ・・・そう、ただ、いつまでも『あんた』じゃ、ちょっと寂しいような気がしてな。」
明るくサッパリとし、爽やかな感じのハサンは、セクァヌもいい人だとは感じていた。
が、それは異性としてではなく、同じ兵士としてしかとらえていない。それは、セクァヌを女として意識しているハサンとの決定的なズレでもあった。
もっとも、ハサンはそのズレを感じていたからこそ、意識させる、いや、少しは意識して欲しいという思いからも、その言葉を口にしたのだが。
「オレは・・・いや、あんたは名乗る必要ないから、黙って聞いてくれればいい。オレの名はハサンっていうんだ。」
セクァヌと同じようにパチパチと音を立てて勢い良く燃えるたき火を見つめながら独り言のようにハサンは話し始める。
「一応、小隊長してるが・・・・ははは・・だ、だめだな・・他に言うことが見つからない。」
すくっと立ち上がったハサンをセクァヌは見上げる。
「聞かない方がいいかもしれないな。名前が分かると、昼間だろうと会いたくなって探しに行ってしまいそうだ。確か女性部隊の隊長のカサンドラは・・・そういった規律にうるさいほど厳しかったからな。・・それも、同じ隊長として分かる。」
恋愛は、人間である以上否定はできないが、時として戦況に不利になることもある。
そのため、一応軍規としては恋愛を禁じている。
といっても兵士としての自覚の上でのそれは、見て見ぬ振りの扱いでもあった。
軍筆頭のセクァヌとアレクシードの事もあり、あからさまに禁止令は出せないというものでもある。
が、恋愛に流され、見るからに恋人であるといったような、ともすると軍紀を乱さないともかぎらない恋愛は、当然御法度である。
そして、特に隊長のカサンドラは、それに目を光らせていた。
軍に属している限り、兵士としての認識と責任を優先することは必要不可欠であり、当然である。目に余る行動をするのであれば、兵としての任を解かざるを得ない。
「ハサン・・私・・・」
「ああ、気にしないでくれ、ホントに。だけど・・そうだな、あんたにはそう呼ばれたいな。」
そう言って笑ったハサンはセクァヌの口から自分の名前が出たことに、ひとまず満足していた。
セクァヌは、再び兵士のうちの一人と剣を交え始めたハサンを見つめながら、その名前から、記憶を辿っていた。
「ハサン・・・・確か第8部隊の小隊長・・・。」
シャムフェスら軍の幹部との会議の時、彼らの口から時折その名前は出ていた。
そのめざましい戦果に加え人望もあり、まだ小隊長だが、幹部でも一目置いている人物の一人でもあった。
直接言葉は交わしてはいないが、見回りの時、大隊長から紹介を受けたこともある。
「彼・・・だったのね。」
そして、彼の思いが真剣だということもセクァヌは感じていた。
「バカね、私って・・・鈍いんだから!」
もっと早くこうしなくてはいけなかった、とセクァヌは後悔していた。
それは、もう二度とここへは顔を出すまいと決心したことである。
アレクシードが自分をどうとらえているか、今ではそれは分からなくなってしまったが、自分がアレクシード以外の人を好きになることは、おそらくないだろう、と、セクァヌは悲しさと共に決意していた。
そこがどんなに居心地が良くても、これ以上ハサンの心を乱すようなことは避けなければならなかった。
彼なら、そして、まだ今の内なら、それも可能のはず。
まだ、恋愛までには発展していないそれは・・・・日が経てばきっと薄れるはずだと彼女は判断した。
気兼ねない仲間同士の楽しい語らいと族長としてではない自由な自分の時間・・・セクァヌはその夜限り、それらと決別した。
「おい、彼女、今日も来ないじゃないか?」
それから数日後、ぼんやりとたき火を見つめて座っている方が多かったハサンに、その帰り道、一人の男が声をかけた。
「何かあったのか、彼女と?」
「あ、いや・・・別に・・・。」
短く答えてからハサンは小さく呟いた。
「・・・というより・・・・そうだな・・振られたってことだろ?」
「ハサン・・・お前?」
声をかけた男はハサンの親友、リザク。
「いや・・・名前を言っただけなんだけどな・・・・来なくなったってことはそういうことだろ?」
それまで見かけた雰囲気からてっきりうまくいくと思っていたリザクは、ハサンの言葉に耳を疑った。
「ちょっと待てよ、そう決めつけなくても。病気とか・・・夜回りの任務が続いてるとかあるだろ?」
「今夜の見張りは、彼女よりずっと背も高くがっしりとしたいかにもアマゾネスって感じの女だった。」
「確認したのか?」
「ああ、それとなくな。」
「彼女、いつも一人で来てたよな?」
「ああ、同僚といっしょとかじゃなかったな。女連中のほとんどは、仲のいい者と連れだって来るんだが。」
2人の視線は、思わずすっと傍を通っていった女性兵士だと思われる人物の後ろ姿を追っていた。
彼女たちはだいたい2,3人一緒に来ている。
「実はな・・・オレのことは気にせず来て欲しいと言いたくて・・昼間探りを入れたんだ。」
「なるほど。」
ハサンの言葉に、リザクはにやりとする。
「背格好から判断しようと、見回りの振りをして部隊内を通り抜けてみたんだが・・・。」
「ほう・・で?」
「彼女くらいの小柄な兵士もいたことはいたんだが・・その、なんていったらいいのかな・・・雰囲気が違うんだ。」
「雰囲気・・か・・・それは顔が見えているせいじゃないのか?」
「あ、いや、見えていたとしても、それは変わらないと思うんだ。」
「うーーん・・・・変わらない、か・・・だが、ここでのようにすぐ近くにってわけにもいかないだろ?」
「そうだけどな・・傍を通り過ぎるだけでも感じるんだ。この兵士は彼女じゃない、とな。」
「ハサン・・・お前・・・・」
そこまで真剣になっていたのか、とリザクは目を丸くしてハサンを見つめ、軽い気持ちでからかったことを恥じる。