魔のオーブ|創世の竪琴・その29
「な・・・なんだこれ?」
走り続けて数時間、一行の前には黒く渦をまいたような巨大なオーブがあった。
周囲は靄がかかり一層不気味な雰囲気をかもしだしている。
「この中に奴がいるってわけか?」
「多分そうだろう。ここから闇の波動が発せられている。」
子犬に姿を変えているルーンが苦しそうに言った。
闇の圧力が一行の精神に覆いかぶさってきている。
今にも押し潰されてしまいそうな圧力。
「とにかく・・入口を・・・・・」
その圧迫感に耐えながら入口を探した。が、一向に見つからない。
次第にイルたちは焦りを覚えてきた。
が、その逸る気持ちとは裏腹に一行の歩みは鈍っていく。
手足は重くなり気力は失せていく・・・・生気を奪われていくような脱力感を覚えていた。
「入口がなくては・・・・イル、魔法でなんとかできないのか?剣で試しても駄目なんだ。」
徐々に失われていく気力を振り絞りギームが苦しそうに言う。
先程から衝撃を与えればどうにかなるのではないかと、ギームはオーブを回りながら試していたのだ。
だが、イルの衰弱も例外ではない。
体力的にはギームよりも劣っている、オーブの回りを一周しただけで、座り込んでいた。
「あ・・ああ、やってみる!」
気力を振り絞りそこに立ち上がると、イルは呪文を唱え始めた。
「ファイラとの盟約に基づき、我、全てを焼きつくさん・・・・『赤龍焦炎!』」
真紅の炎龍がオーブを飲み込む・・・しかし炎が消え去ったあとに見えたのは、少しも変わらないオーブ。
「・・・駄目・・・か・・よし、次だ!」
イルは再び精神集中し始めた。
『赤龍雷撃!』」
「くそっ!」
「ウィナーゼとの盟約に基づき、我、全てを切り裂かん・・・・『緑龍烈風!』」
「オーシャロンとの盟約に基づき、我、全てを流破せん・・・・『青龍流撃!』」
が、いくら攻撃してもオーブには何の変化も起きなかった。
「駄目だ・・・・。」
イルは再びそこへ力無く座り込む。
その様子を自分自身も弱りながら見ていたルーンが意を決したように立ち上がり、元の姿に戻る。
『ご・あ・あ・あ・あ・あ・あ・!・』
銀狼は紅蓮の炎をオーブに吐きかけた。
そしてその炎の中に銀色に輝く物を見つけると嬉しそうに目を細め、そして消滅した。
「ル、ルーン!」
2人は目の前でルーンが消滅した事を信じたくはなかった。
きっと神殿に戻ったんだと心に言い聞かせた。
炎が消えるとそれに呼応するかのように宙に浮かんでいた物がぽとりと落ちた。
2人は身体の重い事も忘れ急いで駆け寄る。
そこにあったのは、女神ディーゼの剣、渚が持っているはずのムーンソード。
「こ・・これは・・・・」
イルは慌てて剣を拾い上げる。
それは、銀色に輝く細く弓なりに沿った長剣、女神ディーゼの、そして、渚の剣。
「な・・・渚・・・。」
イルはオーブを見つめなおすと、その剣で会心の一撃を加えた。
「ヤアーーーーッ!」
オーブに裂け目ができ、剣が放つ光が2人を包み込んだ。
そうして、気がつくと2人はオーブの中に入っていた。
中は外のような圧迫感もなくただ薄暗く静まり返っている。
「ヒーリング!」
イルは自分たちの疲れを癒すと持っていたクリスタルで自分たちの周囲を明るくし、改めて周りを見渡した。
何もない闇に包まれた広い空間。
闇のオーブの中がこんなふうだと予想してなかった2人は焦った。
どこをどう探したら渚が見つかるのか全く分からない。
しかもムーンソードは中へ入ると同時に小さくなってしまった。
「と、とにかく探そう。何かあるはずだ。」
「ああ・・・」
イルは掌に乗せた剣をしばらく見つめ、そしてそっと布にくるむと自分の腰袋にしまった。
2人は何もない空間を闇雲に走り回った。
が、そこには黒の魔導士はおろか、建物の影さえ見つからない。
走り回っては魔法で回復する、それが何回繰り返されただろう。
2人は途方にくれていた。
ぐるっと見渡すかぎり周囲は相変わらず何もない無限の空間。
2人の脳裏を考えたくもない光景が過った。
「イル・・・・いくら走り回っても同じ事だぜ・・・どうすりゃいいんだ?こうしてる間にも渚ちゃんは・・・・」
「う、うるせぇな、分かってるよ!自分と一緒にするなよな!」
「は?・・・俺はただ、渚ちゃんがモンスター共の餌食にされやーしないかと・・・・
は、はーん・・・・どっちがすけべだ?イル!」
ギームはにやっと笑うとからかうような顔でイルを見た。
ギームにそう言われ、言い返す事もできずにイルは真っ赤になってギームとは反対の方向に顔を向ける。
そう、つまり、ギームの言った事は当たっていた。
「と、とにかく、どこかに出口が・・・・」
見落としはないか、隠し扉らしきものはないかと2人は目を皿のようにして周囲を見回す。
だが、どこにも出入り口らしきものはない。
2人は徐々に焦り始める。
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