太陽神の試練|創世の竪琴・その60
最上階、その扉を開けると、太陽神ラーゼスの黄金の像が、イルと渚の目に飛び込んできた。
ゆっくり部屋の中を見渡すようにして入っていくイルと渚。
その像の両横にはやはりディーゼ神殿と同じように台座が2つ、その上に空のクリスタルの入れ物があった。
イルと渚がラーゼス神の像の前に立つと、一瞬部屋の空間が歪み、そして直ったときには無限の空間に2人は、放り出されていた。
あるのは、ラーゼスの像と台座のみ。
「イル・・ディーゼ神殿の時もこうだったのよ。それでね、イル・・・」
渚はその視線を太陽神から、横に立っているイルに向けた。
「イル?どうしたの?」
返事がないイルの顔を見て渚の顔は蒼白となった。
そこにいるのは、確かにイルなのだ。
が、そのイルの姿に覆いかぶさるようにあのゼノーの姿がそこに見えた。
「イ・・・イル・・・・?」
渚の声はイルには届いていなかった。
ゼノーとなったイルはその黒銀の剣を取り出すと、渚に襲いかかってきた。
「きゃあっ!」
渚の左腕から血が滴り落ちる。
透かさず、イルは次の攻撃にと移る。
渚は痛みを堪え、ぎりぎりでその攻撃を避ける。
が、イルの攻撃は次から次へと続く。
ぎりぎりで避けても傷はどんどん増えていく。
「な、なんとかしなくちゃ・・・。」
渚は傷の痛みを堪え、少し離れた所に身を寄せた。
そして、意を決したようにイヤリングに手を充てる。
「め、女神ディーゼの名のもと、我は願う、出でよ、ムーンソード!」
「たあっ!」
「きゃっ!」
襲いかかるイルの攻撃をなんとか交わした渚は、運良くひと太刀入れることができた。
「ぐっ・・・」
イルの脇腹から血が吹き出る。
渚は今更ながらその剣の威力を、怖さを悟った。
たしかほんの少し触れただけに違いなかった。
「イ、イル・・・・駄目っ、私、イルを斬るなんて・・・できない。イルを傷つけるなんて・・・・。」
傷口を押さえ、苦痛に歪むイルを見て、渚はムーンソードをイヤリングに戻した。
大粒な涙が渚の頬を伝う。
「女神ディーゼの名のもと、我は願う、竪琴よ、本来の姿に!」
渚は竪琴を奏で始めた。
イルの怪我が治るように、イルが元に戻るように。
そして、できれば、ゼノーの心が癒されるように、闇から解放されるように、と祈りながら。
(私は、ここで切り殺されてもいい。
ただ、イルは、イルの命は・・・助けてあげて。
イルの意思じゃないんです。
きっとイルは心の奥底で戦ってるわ!
女神ディーゼ・・・・お願い、苦しんでるイルを助けて!)
怪我が癒され、痛みのなくなったイルが再び渚に切りかかってくる。
その黒銀の剣を大きく振りかざして。
渚は、そんなイルを見ながら、それでも竪琴を弾き続けていた。
じっとイルの目を見て、次々と溢れ出る涙も拭かず、ただ、祈るように竪琴を弾いていた。
「な・・渚・・・」
黒銀の剣が渚の頭上高く振り上げられ、今度こそ殺されると思い、固く目を瞑っていた渚はその声で、恐る恐る目を開けた。
「け、剣を・・・」
黒銀の剣は、なんと、渚の頭、数センチ上で止まっていた。
剣を持つイルの手はぶるぶる震えている。
「渚・・剣を・・・」
そろりと立つと、渚はイルの手に自分の手を重ね、剣をそっと下に下ろした。
必死で自分の攻撃を止めていたせいで、剣を握ったまま硬直してしまっているイルの指を1本、1本、そこから放す。
「イル、やっぱり心の底でゼノーと戦ってたのね?」
渚はまだ震えの残るイルの腕をそっと掴んだ。
「ご、ごめん、渚。俺が守るなんて偉そうな事言ってて・・その、お、俺が・・渚をこんなにしちまうなんて・・・」
イルはその傷だらけの渚の顔や腕を見て悔やんだ。
自分の心が弱いから身体を操られてしまった。
「ううん。私こそ、イルを怪我させちゃってごめんなさい。」
「俺なんかほかっといて、自分に回復魔法をかければ良かったのに。」
「大丈夫だって!今、回復するから。」
「俺にさせてくれ。」
「う・・うん、じゃお願い。
本当の事言うともう痛くて気が遠くなりそう…。」
「お前らしいな。」
イルは持っていた魔法玉を出すと、渚の前にかざし、呪文を唱えた。
ゆっくりと渚の傷は癒されていく。
それを見てイルはようやくほっと胸をなで下ろした。
「イ・・イル・・見て!」
渚はイルの耳に下がったイヤリングを指さし大声で言った。
それは、もう黒銀ではなく、眩いばかりに輝く黄金になっている。
「こ、これは?」
イヤリングに戻った黒銀の剣も、すでにその色ではなく黄金色を放っている。
『イオルーシム、渚。』
低く優しい声が響いた。
周囲を見るといつの間にか最初見た部屋に戻っていた。
『イオルーシム、渚よ・・・』
その声はラーゼスの彫像から聞こえていた。
「男神、ラーゼス?」
そこから発せられるその気高さに、イルと渚はおずおずとその前に畏まった。
『お前たちの心の内、しかと見た。
渚よ、我がディーゼの加護を受けし娘よ、よくあの場を堪えた。
そして、イオルーシムよ、よく剣を止めた。
どちらか一方でも倒れれば、今、この場にお前たち2人共いなかったであろう。
私は今一度、人間に機会を与えよう。今少し様子を見る事にしよう。』
「男神様・・・。」
「男神ラーゼス・・・。」
2人はあまりの感動にその先が言葉にならなかった。
『2人とも立つがよい。』
手を取り合いながら立ち上がった2人の目の前に、赤、青、緑の玉が光と共に現れた。
「こ、これは龍玉?」
驚いている2人の目の前で龍玉は小さくなっていき、すっとイルの竪琴のイヤリングに吸い込まれるように入っていった。
『白き無の世界は元には戻らぬ。
だが、その竪琴を使い、新しく生まれ変わらせる事ならばできよう。
その場所に行き、2人で心を合わせ、奏でるがよい。
それは、創世の竪琴、遥か昔、私とディーゼでこの世界を造った時のもの。』
「女神様と・・・。」
渚は思わず自分が着けているイヤリングにそっと触れてみた。
『だが、心せよ、汚れなき心で奏でれば、美しい世界に、悪しき心で奏でれば、それなりの闇の世界となる。』
それでゼノーは私を、このイヤリングを欲しがったんだ、と渚は思った。
『行くがよい、イオルーシム、渚。
白き無の世界を生き返らせるがよい。』