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悲しみに耐え|国興しラブロマンス・銀の鷹その56
その翌日、派手なのが嫌いなアレクシードの埋葬を、主だった数人のみで済ませる。
「アレクのバカ!うそつき!」
その前日、悲しみを忘れようとセクァヌは散々悪態をついていた。
「いいでしょうか?」
地中へ横たわらせたアレクシードの遺体に少しずつ土をかけていく。
その手にはセクァヌが18になったら返すようにと渡した銀の剣を握り締めさせてあった。
その剣を握り締めたアレクシードの死顔は、安らかな笑みを浮かべていた。
アレクが息を引き取ったその時から涙は1滴もでなかった。
泣くことも忘れたセクァヌの目はアレクシードの遺体を見つめつつ、何も捕らえていなかった。
それはアレクシードではない、そんなはずはない、と心の中で声がしているのをぼんやりと聞いていた。
それから1週間、雨が降っていた。
セクァヌの悲しみに同調するかのように、泣くことも忘れぼんやりしているセクァヌの代わりに泣くとでもいうように、静かに雨は降り続いていた。
セクァヌは屋敷から1歩も出ず引きこもっていた。
そんなセクァヌをシャムフェスが訪れた。
「姫・・」
「シャムフェス?」
心ここにあらずといった瞳で、呆然と窓際に座っているセクァヌに、シャムフェスは心を痛める。
が、ここで同調していては何も解決しない。
「姫、皆が待っております。まだ国事の引継ぎは終わっておりません。」
「引継ぎなんて・・・なんにもないじゃない・・・」
力ない小さな声で答える。
「姫!」
「私よりシャムフェスの方が分かってるんだから、それで・・・」
「姫!」
「痛い!放してっ!」
シャムフェスはセクァヌの腕をきつく握ると外へと連れ出した。
「姫、ご覧なさい。」
屋敷の前の庭。
そこにはセクァヌを心配してやってきた大勢の民がいた。
「あ・・・・」
その一人一人の心配そうな瞳を見て、セクァヌは目頭が熱くなるのを感じた。
「それから、これを。」
「え?・・馬?」
少年が仔馬を抱いてセクァヌの前に進み出る。
「アレクの馬と姫のイタカとの間に産まれた仔馬です。」
シャムフェスがセクァヌをやさしく見つめながら言った。
「アレクの・・・・」
「あの・・ぼく、アレクシード様の馬の世話係りさせてもらってるリイムと言います。」
「リイム。」
「はい。姫様。アレクシード様は、姫様をびっくりさせてやるんだって、おっしゃって内緒にしておくようにって言われたんです。イタカがもうおじいちゃんなので、最後の子供だろうから、産まれた仔馬を姫様にさしあげるんだっておっしゃってました。」
「アレクが・・そんなことを?」
「はい。」
そっとセクァヌにその仔馬を渡すと、少年は思い切ったように言った。
「姫様、元気をおだしください。姫様がお元気でないと、ぼくたちも・・・大地も元気がなくなってしまいます。きっと天国のアレクシード様だって・・・あ!ううん、アレクシード様は生きておいでです!姫様の、そしてぼくたちの心の中に!」
「・・・・そうね・・・そうよね・・。でも・・・そう、もう少し・・もう少し待って・・・」
たまらなくなったセクァヌは、仔馬を抱え、屋敷の中へ走りこんだ。
「シャムフェス。」
「姫?!」
その翌日、代表会議室にいたシャムフェスをセクァヌは訪れていた。
「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だから。」
「姫。」
「昨日・・・アレクに怒られてしまったの。」
「アレクに?」
「そう。夢の中で・・・約束は絶対守る。18の誕生日には必ず剣を返しにいくから、だから、それまでにきちんと国の礎は作っておけって。オレたちの夢を叶えなくてどうするんだって。そんないつまでもめそめそしてる弱虫は、オレのお嬢ちゃんじゃないって。」
「姫・・・。」
「シャムフェス。」
「はい?」
「強くなるから、私。・・アレクがいなくても頑張るから。」
「姫。」
シャムフェスを見つめ、泣き出しそうなのを堪えながら一言ひとこと話すセクァヌが、たまらなく愛しくそして、痛ましく感じ、彼は無意識に腕を伸ばそうとする。が、ふとそんな自分に気づき、両手をぎゅっと握り締めてそれを断念する。
「シャムフェス・・・・」
「はい?」
「本当にいないのね。あなたか私の傍にいつもいたのに・・・。」
ぼんやりと室内をセクァヌは見回していた。
シャムフェスに背を向けたセクァヌの肩が小刻みに震え始めた。
その後姿を見て、ぐっと堪えていたものが切れた。シャムフェスはセクァヌの肩に手をそっとかける。
「シャム・・・フェス・・・」
振り向いたセクァヌの瞳には涙が溜まっていた。
「姫・・。」
わーーっ!とシャムフェスの胸でセクァヌは泣き始める。
アレクシードが矢に倒れたその時以来の涙だった。
「お泣きなさい。今は思いっきり。心に溜め込んでしまうより、思いっきり泣いたほうがいいのですよ。・・・私が・・私が、全部吸い取ってさしあげますから。」
できることなら、叶うことなら、こうしてセクァヌを胸に抱きたかった。
が、こんな状況などではない。シャムフェスは震える腕で、そっとセクァヌを抱きしめた。
(バカ野郎、アレク!お前なんか親友じゃないぜ!オレに・・・オレにこんなことさせやがって・・・・なんでおいていったんだ?!なんで死んじまったんだ?!)
アレクシードの代わりに自分が死ねばよかったと何度思ったか知れなかった。
叶いそうもない心を抱え、今、そこに、自分の腕の中にいるのに手が届かない遠い人、セクァヌを胸に、シャムフェスは心の中で自分の非力さを呪い、そして涙を流していた。