異世界での目覚め|月神の娘・その4
「・・・姫様・・・?姫巫女様・・そろそろお起きくださいませ。礼拝堂にはもう巫女たちが集まってきております。
姫様がお姿をお出しになられなくては、朝の祈りが始まりません。」
「え?」
聞き慣れない声で渚はふと目覚めた。
(・・・ここは・・・・?)
眠る前の事を思い出しながら渚は周囲を見渡していた。
そこは、純白の絹の布で覆われた天蓋付きの寝台。
(ここって・・・イルの世界じゃないの?)
別世界に来たことは確かだと思えた。
が、全く覚えのない場所に渚は戸惑う。
「失礼いたします、姫様。」
そっと覆っている薄布の裾を上げ、一人の中年の女性が顔をみせる。
「おはようございます、姫巫女様。」
「もうそんな時間に?」
(え?)
確かに自分が出した声だった。
が、それは渚の意識とは関係なくその身体から発せられていた。
そしてその声が明らかに渚の声ではなかった事に驚く。
渚の声より少し高く、りんとした涼やかさのあるその声には気品も感じられる。
「さようでございますよ。さ、姫様、お支度を。」
やさしげな微笑みのその女性も神に仕える巫女なのだと衣装から判断できた。
そして、訳が分からないまま渚はその女性と2人の若い巫女の手によって身支度されていった。
(ちょっと待って!)
寝室のあるその建物から出、手を引かれ池の中央にかかっていた石橋を渡る途中、渚はふと湖面に映る自分の姿に驚いて立ち止まる。
そこには、美しい巫女装束に身を包んだ可憐な美少女という形容がぴったりの姫巫女の姿が映っていた。
(私じゃないじゃない?!)
顔の彫りの深さは到底日本人とは言えず、つぶらな瞳とほんのり紅を帯びた頬、そして形のいい唇。
髪と瞳は黒色だったが、それはまるで生きたフランス人形。その黒い髪に銀製の宝冠がとても美しく映えている。
そして、朝の祈りが始まる。
渚には訳の分からないことだったが、身体が、そして口が勝手に動いていた。
(というより、私がこの人の身体に入ってるって事?)
つまり憑依のようなものなのというより彼女の身体に混在しているのだ、とようやく渚は理解し始めていた。
自分の身体が今どこにあるのか、あのままパソコンの前なのか、それともどこか別のところにあるのかは全く分からなかったが、ともかく心はこの少女の身体の中にいる。
(もしかして夢?)
そんなことを考えながら、渚は儀式の様子をその少女の目を通して見つめていた。
ただ、祭壇の前の月神ディーゼの彫像で、そこがディーゼ神殿であることと、やはりここがイオルーシムの世界だということは判断できた。
朝の務めを終え軽い食事を取る。
そして、その後彼女は1時間ほど自室で教典に目を通していた。