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ウクライナ平和の鐘 070 風に吹かれて
■2022(令和4)年5月31日 070 風に吹かれて
(動画の3:09~5:58)
本日の「平和の鐘 鳴鐘の輪」。罪なき人々に暴力を振るう悪業。その報いからは世界のどこにいても逃れられません。風に向かって砂埃を投げつければ、全てその人に吹き戻されるように。
合掌
今日はダンマパダ(法句経)の一節をご紹介します。
真理のことば 第九章 悪
一二五 汚れの無い人、清くて咎のない人をそこなう者がいるなら、そのわざわいは、かえってその浅はかな人に至る。風にさからって細かい塵を投げると、(その人に戻って来る)ように。
一二七 大空の中にいても、大海の中にいても、山の中の奥深いところに入っても、およそ世界のどこにいても、悪業から脱れることのできる場所は無い。
仏様の教えが、善因楽果・悪因苦果が世の中の理なのだという点に特徴があることは、これまでにもお話をしてきました。今拝読をしたのも、そのことについて解説されている言葉です。
汚れのない人、清くて咎のない人を攻撃する者には、必ず報いがある。それは、風に逆らって細かな砂埃を投げると、その風に乗って自分に砂が降りかかってしまうようなものなのだ。世界のどこに行っても、そのような悪業の報いから逃れることはできない。それが世の中の理なのだと、お釈迦様は説いておられます。
ウクライナの戦争は、まだ終わりが見えません。今、東部地域でロシア軍が攻勢を強めていると報道されています。それは風に向かって細かな砂を投げつけているようなもの、いつか必ずその報いは帰ってきます。そうならないためにも、世の中の因果の理に気づいて戦闘を停止することが大切なのです。
再拝