北海道のむかし話53 念仏岩
念仏岩(ねんぶついわ) -羅臼町ー
アイヌの母と娘が、はたを織っていました。
おかあさんは、はたを織る手をふと止めて、娘を眺めながら、
「この子も、こんなにはた織りが上手になって・・・。
これじゃ、そろそろお嫁にやらなくっちゃ・・・やっぱり、おとうさんのいっていた、あの酋長の息子さんあたりが一番いいんじゃないかしら?
でも、この子は、近頃、なんだか浮かない顔をしているけど、どこか、具合でも悪いのかしら? 」
と、こんなことを思っていました。すると、娘もまた、はたを織る手を止めて、母の方に顔を向け、母の目に、自分の目をびたりと重ねました。
瞬間、火花が散ったように、お互いの体が熱くなりました。娘がいいました。
「おかあさん。お願いがあるんです。一生のお願いなんです」
娘の大きな瞳は、燃えるように光ったまま動きません。
「おかあさんも気になっていました。さあ、話してごらんなさい」
優しい母の言葉に、娘は目を伏せました。そして、大きなため息をひとつついて、次のような話をはじめました。
「この前、天の川の星がとてもきれいな晩、星を見ていたら、南の空から、ものすごく光る青い星が、わたしをめがけて飛んできたの。そして、その晩、夢を見たの。すてきな人が、わたしを迎えに来たんです。天の神さまが、あなたをお嫁さんにしなさいといった、といって・・・・・。わたし、びっくりして目を覚めたけど、その人は、また、次の晩もやってきたの。
そして、それから、毎晩のようにやってくるの。そして、すこしずつ、心の準備をしなさいって・・・・。おかあさん、そしてね、昨夜はこういうの。
ここから、南に向かってずうっと歩いていらっしゃいって。険しい所があるだろうけど、そこを越えると広い広い原野があって、そこで、わたしはあなたの来るのを待っているって。おかあさん、わたし行きたいの。行ってみたいの、どうしても・・・・・」
おかあさんは、びっくりしてしまいました。
「何をばかな・・・・。おまえはまあ、なんでまあ・・・。そんな、夢の中の話に、まあ・・・・」
何と言っていいのか、おかあさんは、言葉もでてきません。
しかし、娘は必死になって、毎日のように手を合わせて、母親に頼むのでした。
と、娘は、泣きながら母親に頼むのでした。
母親は、何度も何度も、娘から聞かされているうちに、不思議にも、なんだかそんな人が、娘を本当に待っていてくれるような気がしてきたのです。
ある日、母親は、娘に旅の支度をさせました。用意しておいた着物を着せ、刺繍した帯もしめてやりました。母のかたみだと、櫛や髪飾りも持たせました。
ふたりは、父、酋長の留守をねらって家を出ました。見つかったら、二人とも殺されるかもしれないのです。
二人は、南に向かって歩きだしました。やがて、行くてに、大きな岩壁が現れ、それがまた、にょきにょきと突っ立って、道を塞いでいるのです。親子は、びっくりしました。
それを越えるのは、サルでも難しそうに思われたからです。娘は、岩壁を叩いて、オンオン泣きました。岩を見上げるおかあさんの目からも、涙がこぼれました。
ふと、おかあさんの口から、念仏が洩れました。
娘は、岩をのぼりました。母親は、ただただ、一心に念仏を唱えました。
娘の姿が見えなくなっても、いつまでも、いつまでも、念仏を唱え続けました。
そして、とうとう、そのまま岩になってしまったのです。
この岩は、念仏岩といわれて、今も羅臼町に残っています。